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「日常母語獲得能力」と「特異な言語能力」

① 「日常母語獲得能力」 日常語をしゃべったり何とか書いたり
できる能力で、普通の人間であれば100%だれでも持っている。
英検1級(ネイティヴの中学生前後レヴェル)はもちろんこの日常
語のレヴェルに含まれる。したがって、だれでも獲得可能な能力で
あって特別な才能などまったく必要ではない。

ただし、ネイティヴと非ネイティヴの英語に接する時間数の比率は
だいたい100対1になる。だから、中学生前後の英語能力であっ
ても、普通の日本人はたいへんな時間を費やさないと獲得できな
い。秀才であれば達成スピードは格段に速くはなる。

「中1で英検1級合格」の少女の場合、私は、その合格年齢の若さ、
つまり、その吸収能力の高さ(おそらく集中力と理解・暗記の能力の高さ)に驚き、それを可能にした方法に興味が湧いたのである。

ちなみに、日常母語レヴェルで数ヶ国語を話したりする人は、同じ
語族に属する言語環境にあるヨーロッパでは、そんなに特異な存在
ではない。

このレヴェルで看過できないのは、文章を書く能力である。各人に
かなりの差がある。これは、なぜか?

② 「特異な言語能力」 ①とはまるで違う能力である。日本語で
あれば、芥川賞を受賞し、その後も質の高い作品を書き続けられる
ような能力で、高学歴か否か、秀才か否か、などには無関係の能力
である。もちろん、三島由紀夫のようなとんでもない秀才もいる。
彼は幼児のときから国語辞書を愛読し詩を書いていた。

この能力を発揮するために、実は、猛烈な作文練習や文体の工夫も
欠かせないが、それに耐えられるまたは楽しめることもこの「特異
な言語能力」の1部である。フローベールは「正確な単語→文章→パラグラフ→章→本」を追い求めた「完璧主義作家」と言われることがある。

私は、このレヴェルの能力を「才能」と呼んでいる。

「中1で英検1級合格」の少女に「特異な言語能力」があるか否かは不明である。また、あの子がもし秀才であるなら、その程度の訓練を課したからとて必ずしも他の能力の発達を阻害したとは思われない。逆に、英語の学習がいい刺激になって日本語も強化されている可能性もある。

多数の生徒を見てきたが、同じ1冊の参考書を仕上げるのに、鈍才
は1年かけても不安であるが、大秀才は1ヶ月で済ませ、その間に
スポーツも楽器も楽しみ、人間関係もたくみにこなす。

私はひたすら根気根気根気根気である。あきれるほどの根気があ
る。いや、それしかない! かっこ悪いが、それで楽しいからかま
わないと思える年齢になってしまった。

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