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リンカーンの演説(8)

柴田耕太郎氏がおもしろい記事を書いている ( → http://homepage3.nifty.com/hon-yaku/tsushin/eigo/goyaku6.html )。

何と、英文学、英文法、英語翻訳家の権威たちが ― 何十年間も ― 「そんなあほな!」式構文解釈をしていたことになる!

予備校講師の方や一部の有名英和辞典などは、そんな権威筋の解釈に従っているだけかもしれない。

柴田氏のリンカーンの演説とマーク・ピーターセン氏の記事に関する記述は非常におもしろいと思います。下記に引用しておきます。

(引用開始)(リンカーンの演説の文句について触れる箇所)

「英語との比較」の話ではないが、最近『丸谷才一の日本語相談』(朝日新聞社)にも驚かされた部分があった。きっかけは、こんな「問い」である。「リンカーンの有名な言葉、『人民の、人民による、人民のための政治』ですが、『人民による、人民のための政治』だけで意味を尽くしていると思います。『人民の』には、どういう意味があるのですか。助詞『の』について詳しく説明してください」。この場合の「の」の曖昧さが指摘されて、鋭い質問だと思ったのだが、その答えに、こんなことが書かれていた。「government of the people, by the people, for the peopleは、『人民を、人民によって、人民のために統治すること』の意である」(イタリック・太字《元は傍点》は引用者=ピーターセン)。つまり、government of the peopleのofは、「所属」(例:a member of the team)や「所有」(例:a friend of mine)、「材料」(a ring of gold)等々を示すようなofではなく、「目的格関係」(例:the exchange of opinions=意見を交換すること)を示すofだ、と説明しているわけである。英語圏で141年以上も続いてきた常識的受け止め方が引っ繰り返される、リンカーンも驚くにちがいない、突拍子もない文法的解釈だが、実は、そこでやっと筆者がいちばん指摘したかったと思われるポイントが浮上するのだ。つまり、現在の日本語では当たり前となっている「歴史の研究(=歴史を研究すること)」などのような表現に見られる「目的格」を示す「の」は、「どうも昔はなかったらしい」、英語のofの影響でそれが生じたのではないか、というポイントである。
 リンカーンの言葉について簡単に言えば、government (which is) of the people (and is) by the people (and is) for the people(ちなみに、中国ではこれは「民有、民治、民享的政府」と訳されているようだが)のof the peopleは、いわば、「人民の合意の上で出来た」や、「人民の間から生まれた」などのような意味を表している(下線は、私による)。リンカーンはこの言葉で「government=政治」を説明しているわけで、governmentに統治されているのはthe birdsでもthe flowersでもなくthe peopleだよと、わざわざ述べる必要も意図も、いうまでもなく、ない。


コメント:これは困った。というより途方にくれる。このリンカーンのゲティスバーグ演説に関して、日本の英文学界で定説となっているのは次のようなものだ。


「人民による、人民のための」--そこまでは問題はないが問題は、最後の「人民の政府 *」the government of the peopleである。
 終戦後、この言葉が日本でも流行するようになるのと一緒に、私なども英語をやっているせいか、幾度か質問を受けたのはこの最後の一句である。十人の九人までは、これを人民が立てる政府、人民が治める政府、人民政府、いいかえれば、「の」のofを第一格的意味にとっていて怪しまないのである。稀に、あれは、「人民を治める、支配する」意味だという人もありますが本当ですか、という人もいた。だが、それも実はこの解釈には不満なのであり、もちろん、そうじゃない、人民のつくる政府という意味なのでしょうと、半分以上は結論をつくっているのである。そこで私が、いや、人民を治めること、すなわちこのofは第四格的なofで、「人民を治める政府」の方が正しいでしょうといっても、まず例外なしに信用してくれなかった。市河三喜教授にいつかこの話をしたら、教授も同じ経験があるそうで、ただ私と違って教授ほどの権威になると、聞く者も一応は納得したらしい。
*governmentはgが小文字なので「政治」ととるのが順当と思うが、ここでは触れない(柴田注)


上記は、戦後のいわゆる進歩的文化人であり、翻訳家としても大活躍した中野好夫の文(酸っぱい葡萄、1948)よりの引用である。これについては数年前に、青山学院の教授であり翻訳家としての実績もある飛田茂雄が、とうに解決済みの問題ではあるがとして、似たようなことを『英語青年』誌上に書いていた。それが、ピーターセンのような教養あるネイティヴ・スピーカーに自信たっぷりに「違う」と断定されると、日本人すべての英語力が否定されたような気になってしまう…。
 ではネイティヴのピーターセン様に恐れ入りましたとひれ伏せばよいかといえば、そうともいえない。中野はこの文の後のほうでこんな隠し玉を用意しているのである。


「人民による、人民のための、人民の政府」という言葉は、民主政治の客体と主体と目的とを、実にこの上の言い方がないほど簡潔に述べたものだと思う。幸い先日の『英語青年』誌を読んでいたら、一読者からの投書があり、この名句に対して、さる向うのある著者からの明快きわまる引用が載っていたから孫引きさせてもらう。問題の箇所だけをそのままに書くと、「人民の―とは、人民は治められなければならない。文明社会の秩序と安全と幸福とのために、人民の統治(人民を統治すること)がなければならない」というのである。
 この問題はこれでもう疑問の余地はなかろうと思う。…(下線、私)


 こう識者の意見が割れると、解釈の許される範囲で文脈を読み、自分なりの理解をする、というしかなくなってくる。私はかつて自著(「翻訳家になる方法」青弓社)に次のごとく記したが、皆さんの判断はいかがだろうか。


「人民の人民による人民のための<政治>」というが、何かもどかしかった。
 by以下は言い換えだ、と教えてくれたのは予備校のS先生。「人民の政治、それ即ち人民による人民のための政治」
 ofは目的格関係だよ、と説いたのは大学のO先生。「人民を、人民が、人民のために統治する」
 リズムを合わせただけ、と断言したのは翻訳家のC 先生。「普及している訳でいいのだ」
 翻訳は範を超えねば自由なのである。(引用終止)

柴田氏の唯一の反撃材料は、『「人民の―とは、人民は治められなければならない。文明社会の秩序と安全と幸福とのために、人民の統治(人民を統治すること)がなければならない」というのである』の部分だけで、これは反撃にはまったくならない

なぜか? 

① 原文がない。

② 著者がだれだかまったく分からない。

③ コンテクストも不明である。

④ 翻訳も正しいのかまちがっているのか ― 原文とコンテクストがないから ― 不明である。

⑤ 私もかなり調べたが ― 米国のリンカーンセンターにも問いあわせたが ― ネイティヴで 「government of the people」 を「人民を統治すること」と解釈している人は皆無である。

さらに、⑤  「government of the people」 を「人民を統治すること」と解釈すると、他の同じパターン(=動詞派生名詞 of A, by A)を取る文章がまったく理解できなくなり、文法の一貫性がなくなってしまう

つまり、「of A の A を目的語とする解釈」はリンカーンの言葉の解釈にだけ限られる「例外文法」になってしまう。

ところが、リンカーンの言葉以外の「動詞派生名詞 of A, by A」のパターンもおそらく「government of the people, by the people, for the people」を起源としているように思われる。原型なのだ。

その原型だけが例外的な意味を持つとすれば奇妙なことこの上なしである。

また、そんな例外を認める英語圏のインテリも ― 文法的に詰問されれば誘導尋問にかかる人はあるかもしれないが ―皆無のようである。

なぜ、源流である英語圏の常識的解釈を無視し、しかもまったく文法の一貫性を欠く主張をするのか?

私は、繰り返しになりますが、「誤った解釈をしている人たちが government が自動詞派生名詞だとはまったく考えなかったこと」が誤解の最大の原因だと考えています。

他動詞派生名詞だと ― 意識的無意識的を問わず ― 決めつけてしまうと、「of 目的語、by 主語」にしか見えなくなるからでしょう。

ぜひ、みなさんのコメントもお聞きしたいと思います。

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Comments

リンカーンの言葉についてはk.y.さんの仰るとおりだと思いますが、その根拠についてはまだ疑問が残っています。

『「動詞派生名詞 of A, by A」というパターン』において、その「動詞派生名詞」は「自動詞」になる』

という点ですが、以下の表現は該当しないのではないでしょうか。

 harassment of employees by employees

この問題は、(1)人民の政治、(2)人民統治、という2つの解釈に対し、(a)文法的に、(b)文脈的に、という2つの観点から検討すべきだと思います。(1)についてはアメリカ人の常識として(a)も(b)も成立すると思います。ですが、(2)についても両方とも成立する余地があるからこそ、いびつな解釈とは言え、この解釈が根強く残っているように思います。

Posted by: 英語と格闘 | February 21, 2005 at 10:14 PM

k.yさん、ご無沙汰しております。リンカーン演説関連のお話し大変興味深く読ませて頂きました。

僕はk.yさんの「自動詞派生名詞of A by A」というのは凄くスッキリだと考えております。が、他の方々の意見も参考にさせて頂きたいと思っております。

そこで、1つ疑問が浮かびましたので書込みしますぅ。私は法学が専攻なのですが、民主主義の定義に「治者と被治者の自同性」というものがあります。「『治める者』と『治められる者』が同じであること」という意味です。これを考えると「人民を統治する」でもいい気がしちゃいます。この定義の起源は実は知らないのですが、もしかしたらこの英文の誤訳から生まれたのでしょうか(笑

Posted by: マルタ島の石ころ | March 09, 2005 at 02:44 PM

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