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リンカーンの演説(10)

「Gilderoy」 さんや「英語と格闘」さんからコメントをいただきましたが、みなさんが疑問に思っていることを指摘してくださることによって、私の主張の論点がより明快に伝わると思います。

また、もし私にまちがいがあればそれを訂正する必要もあります。

だから、さらにみなさんのコメントをお待ちしています。

どんなことでも結構です。例文とコンテクストを ― 必要な場合は ― 添えて指摘してください。

さて、これまでの私の主張を4点に整理しておきます。

なお、文法的にも意味の上でも異論のない for the people については省略します。

① リンカーンの演説 government of the people, by the people, for the people の正しい翻訳は、「人民の、人民による、人民のための政治」であり、「人民を、人民が、人民のために統治すること」という翻訳はとんでもない誤訳である。

② of the people の the people は当該名詞構文の主語 / 所有者 / 由来 に相当する。

この the people を「目的語」に相当すると解釈する「教養あるネイティヴ」はいない。

また、他の同パターンの文章における of the A の A を目的語に解釈して意味の通じる事例はまったくない。

③ government of the people, by the people, for the people を名詞構文のひとつの典型的なパターンとして定式化すると、「自動詞名詞構文 of A, by A, for A 」 という形になる。

なお、以後は for A の部分を省略して「自動詞名詞構文 of A, by A」 のパターンとし ― 便宜上 ― 「k.y.パターン」と呼ぶことにする。

of the people の the people を 主語 / 所有者 / 由来 と解釈できるのは「k.y.パターン」のみである。

④ 「k.y.パターン」において、ふたつのAは、形式的にも実質的にも、まったく同一でなければならない。

したがって、たとえば harassment of employees, by enmployees は harassment of some employees, by other enmployees の意味であり、ふたつのemployeesは、形式的には同一であるが実質的には異なるものであるから、「k.y.パターン」ではない。

of the people の the people を目的語と解釈する人たちは全員 「k.y.パターン」 に無知であったと言えるでしょう。

以上はすべて、「1. 文法・構文の観点からの考察」です。

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Comments

私は「人民を、人民が、人民のために統治すること」は「人民の、人民による、人民のための政治」に包括されているから、どちらの訳も正解だと思います。ただし後者の方が意味の範囲が広い(包括しているから)分だけ意味が曖昧なので、前者の方が適格な訳だと思います。
言語学(国語学)科出身で決して英語には詳しくありませんが気になったので反論させていただきます。

貴方が正訳と主張される「人民の、人民による政治」の「の」とはどのような意味なのでしょうか。きっと人民が政治(=統治)の所有者であることを示す意味の格助詞なのではないでしょうか。すると「人民を、人民が統治(=政治)すること」でも良いことになるのです。なぜなら動作名詞(「政治(=統治)」)の所有者とは動作の主体か客体かであり(例「原稿の執筆」「太郎の努力」)、「人民による」(主体)との重複を避ける以上、「人民の」は必然的に客体ということになるからです。
以上が私の意見です。わかりにくい文章で申し訳ありません。ちなみに私なら「(アメリカ)人民が自身のために自らを統治すること」とでも訳します。

ところで
また、他の同パターンの文章における of the A の A を目的語に解釈して意味の通じる事例はまったくない。
については次の例文を挙げておきます(京大の入試問題です)。

The discovery by computer science of the technical challenges overcome by our everyday mental activity is one of the greatest revelations of science.

また
この the people を「目的語」に相当すると解釈する「教養あるネイティヴ」はいない。
については、私の留学時代の友人がそう解釈していたのですが、彼女は「教養」がなかった、ということなのでしょうか。詳しいソースを頂ければ嬉しいです。

Posted by: すみませんね。 | August 12, 2011 at 11:08 AM

すみませんね さんへ。

コメントありがとうございます。

本件に関しては私なりに議論を尽くし、すみませんさんの解釈をお読みしても、新たな疑問はまったく湧出してきません。

ただ、多様な解釈があって、私の解釈もそのひとつに過ぎないことも充分に承知しています。

そして、すみませんさんのような観点に対しては、新たに議論を展開する術も心得ていません。

よろしくご了解下さい。

Thank you.

Posted by: k.y. | August 12, 2011 at 02:30 PM

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