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「才能」(1)

棋士の谷川浩司さん(43歳)は、2000年12月に『集中力』という本を書いています。

さっそく引用します。

(引用開始)

トップ棋士への道

才能とは続けられるということ  もの心のついた頃から将棋に夢中になっていた私にとって、十代は将棋に明け暮れた毎日だった。なぜそんなに夢中になれたのか、振り返ってみると、いくつかのターニングポイントがあったようだ。
 まず、将棋を始めたのは五歳の時。早くに将棋に出会えたのは、実に幸運だった。「三歳児教育」という言葉がしばしばいわれ、英語でもピアノでも三歳くらいから習い始めるのが良いそうだ。しかし将棋は、三歳からでは理解が難しく、積み木遊びに使われるのが関の山だろう。
 逆に、もっと遅く十代で始めると、吸収力のもっともよい時期を逃し、早く始めた人に追いつくのに苦労することになる。大山康晴先生、中原誠先生も始めたのは、五歳の時、羽生さんは六歳の終わりだそうだ。
 「将棋では、才能と努力のどちらが必要ですか」という質問をよくされるが、アマチュアの人が強くなるのに才能はそれほど必要ではない。時間をかけて勉強をすれば、何歳からでも、アマチュア初段にはなれるだろう。才能という言葉が必要になるのは、ある高さまでいってからで、努力によって自分の力を最大限まで高め、その限界を乗り越えようとする時に、初めて才能というものが必要になってくるのではないだろうか。その意味で、プロ、それもトップレベルのプロになるためには、最終的には才能も必要だ。しかし、才能というと、天性のもののように思えるが、私は、最初の気持ちをずっと持ち続けられることと、一つのことを努力し続けることを苦にしないことが、もっとも大事な才能であると考えている。
 十代の頃、私はずいぶん長い時間を将棋に費やしてきた。他の人がスポーツや遊びに費やす時間を、私は将棋に向けてきた。そのため、運動音痴で、今でも自転車に乗れない。しかし、将棋に強くなるという点では、時間もかけたし、楽もしてこなかったので、「天才」と呼ばれるのは本意ではない。それでは、費やした時間や努力がかわいそうというものだ。
 同じ実力を持ってスタートしても、ずっと続けていられるか、途中で飽きて投げ出してしまうかが、その差となって出てくる。十代では、何事にも、集中力と持続がもっとも大切なのである。(引用終止)

5年前に読んだ本なので、引用箇所はマークをつけてあった部分なのですが、もうすっかり忘れていました。

しかし、やっぱり、いろいろ考えさせられる一節です。

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