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オックスフォード大学の授業

「川上あかね」さんは1970年東京生まれ。ナイロビ、ローマ、東京のインターナショナル・スクールに学び、17歳でオックスフォード大学に入学。現代仏文学専攻。

今、私の手元にあるのが川上さんの―以前にも言及したことがあると思う―『わたしのオックスフォード(晶文社)』。その中に次のような興味深い一節がある(省略・太字はk.y.)。

(引用開始)翻訳のクラスは一対一ではなく、パーマン教授一人に学生が八人。二、三日前に、前週に渡された宿題を提出することになっている。課題の文章はどれも文学作品からの引用だから、ただ直訳するだけでは点がもらえない。作家のスタイル、全体の雰囲気に注意を払いながら正確な翻訳を心がける。もちろん文法上のミスなどがあったら一大事。パーマン教授に頭からバカ呼ばわりされてしまう
 「まったく大学生にもなって、こんな初歩的なミスをするとは。こういう場合はラテン語から推測がつくだろう。ラテン語が女性名詞ならフランス語もだいたいそうなんだよ。...ああそうか、君たちの世代はラテン語をやっていないんだったな。手のつけようがないね」
 昔はラテン語をかじっていない学生なんて理科系にもいなかったらしい。正統派のパーマン教授は事あるごとに古典教育の滅亡を嘆く。それでも授業は予定通りに進行し、私の訳文は予想通り、教授と仲間たちにさんざんに検討される羽目になる...
 テュートリアルは金曜日の午後六時から...
 「今週は何のエッセイだったけね?」
 「ボードレールです。『「ボードレールはロマン主義と象徴主義とのかけ橋であった」という説をどう考えるか』という題でした」
 「ふむ、じゃ、聴いてみるとしようか」
 レジーはシェリーのグラスを揺すりながら、半ば目を閉じて私の朗読に聴きいる...いい加減なことを書いたり口にしたりすると大変なことになる。斜め読みした評論家の文学論を適当にちらつかせたりしようものなら...彼は私たちが読む範囲の本などはほとんど暗記しているので、「その指摘はラガードの本のロマン主義の章に、びっくりするほどよく似ているね」などと意地悪くとどめを刺されてしまうのである。でも自分で考え抜いたことを明確に説明していけば、実に丁寧に聴いてくれる。翻訳のクラスでは、文法をまちがえでもしようものなら情け容赦なくこきおろされる。だが文学に関する感じ方のこととなると、驚くほど寛容なのだ...
 哲学のケニオン教授はレジーとはまったく違うタイプの人だ。どちらかというと冷たい感じで、私たちに対しても丁重な言葉づかいを崩そうとしない...
 ケニオン先生はエッセイの題も本のリストもすべて口づたえ。気味が悪くなるほど正確な記憶力の持ち主だ...
 「参考文献を読むより自分で考えた方がいいけど、一応、マッキーの本には目を通しておいてください。大事なのは二章と三章の真ん中あたりまで。たしか百四ページの下から六行目ぐらいのところだったと思いますが」
 それがピタリと当たっている。少なくとも書斎にある本は全冊、ページ数まで暗記しているに違いない。とんでもない人なのである...(引用終止)

それで私は何を言いたいかといいますと、およそ外国語の勉強で「 ① 文法」を軽視するなどこの上なく愚かなことだし、「② 暗記」の威力に目覚めないことなどこの上なくナイーヴなことだということです。

日本のゆとり教育下の英語教育はこの2つを等閑視してこともあろうにチーチーパッパ英語に注力した。嗚呼!

オックスフォード大学の外国語教育と日本の英語教育など比較にならないと言う方もおられるかもしれない。しかし、私はそんなはずはないと考えています。

外国語は、サバイバル用語以上のレヴェルを望むなら文法知識は欠かせない。

また、「~まで暗記する必要はない」などと言う有力な主張もあるが、人間の頭はそんな単純にはできていないでしょう。脳は、これを覚えてこれは覚えないという合理的な選択などしていません。それなりのネイティヴなら少なくとも5万語以上の語彙力を持っていてしかもそれは取捨選択して覚えたものではありません。私たちは5~6万語の日本語の語彙力がありますがまったく取捨選択の結果ではない。生涯に2度と出会わないような単語でも知っている。「そんなものは必要ないから覚えなくてもいい」というのは浅はかな後知恵であって脳はいつのまにか覚えているのです。なぜか? 必要だからでしょう。円周率は無限の数字です。何万桁も必要ではないなどと言っても無限であることは事実でしょう。なぜか? 自然が必要とするからでしょう。自然のルールなのでしょう。人間の脳も自然の一部です。必要なものは吸収せざるを得ない。なぜ、必要なのかはまだわかりません。ただ、言えることは「あれは必要でこれは不必要だ」という限定は人の脳の発達を妨げてしまう。

さらに、上記のオックスフォードの怪物たちのようにすごい人ほど暗記能力が高い。そして、暗記能力の高い人ほど創造性にも優れている。

宮崎駿さんの脳は驚異的な数の「映像」を暗記しているし、イチローの脳は驚異的な数の「ボールの動き」を暗記しているのでしょう。そんな暗記が有機的に相互作用を繰り返して創造性豊かな作品を生み出し、常人には不思議としか思えないバットコントロールを演出する。田中角栄もフォトコピーのごとき暗記力を持っていた。

米国は ― 多様で激しい批判のあることや好き嫌いは別にして ― 今や史上最強の国家です。その国家の中枢を握り富のほとんどを占めているのは知的エリートたち、平たく言えば語彙の達人たち(=暗記の達人たち)です。いとも簡単に暗記できるためにあるいは無意識の集中力が高いために本人は自覚していないことが多いが、その脳に蓄積された情報量は膨大でしょう。かくして、米国は知識人独裁の国家になっています。

こうした暗記の圧倒的な威力を示す事実の前に良し悪しの議論はむなしく響くだけです。

他方で、脳が活性化してどんどん情報を吸収加工できる時ほど、人は元気でしょう。宮崎駿さんははた目には囚人のような生活をしながら睡眠4~5時間で輝いておられる。

私などまだまだ開発の余地がある。凡人ほど余地があるはずです。

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Comments

はじめまして
そのオックスフォードで学んでいるものです。日英双方の大学教育を経験してみて思うのは、日本は知識の正確な暗記を重視するのに対して、英国は知識をいかにシャープに運用できるかを重視しているということです。ですから日本人の学生は知識の絶対量が多いのでマルチプル・チョイスの試験にはめっぽう強いですが、議論をさせると(語学力のハンディーを差し引いても)目を覆いたくなるような状態になります。記憶偏重の教育は転換期に来てしかるべきだと思います。
ちなみに抜粋されている翻訳のチュートリアルですが、これは「翻訳」という特殊なテーマなのでこうなっているだけで、一般的にチュートリアルでは暗記はそれほど重要視されていません。むしろシャープな議論ができるかどうかが問われます。

Posted by: しょちょう | May 29, 2005 at 09:56 AM

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