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語彙と思考(3)続続

ヨーロッパのルネサンスと言えば古代ギリシャ・ローマの文芸復興のことですから、当然のことながら、古代言語の復興という側面もあります。

塩野七生さんは、その著 『ルネサンスとは何であったのか』 という本のなかで、「ルネサンス人は、人間の肉体の美を再発見しただけでなく、人間の言語も再発見したのです(太字k.y.)」と述べて、次のように書いています(太字k.y.)。

(引用再開)

 現代イタリア語の基本は、十四世紀から十六世紀にかけてフィレンツェで書かれた数々の著作によって成ったとされている。ダンテからマキアヴェッリに至るフィレンツェの文人たちによって、イタリア語は言語として完成したのです。その証拠に、彼らの作品には、日本で言う現代語訳のたぐいが存在しない。小学生でも、古風な言いまわしを解説する「注」の助けは借りたにしろ、原文で読まされるのです。フィレンツェの映画館のスクリーンの上の壁画には、詩人でもあったメディチ家の当主ロレンツォが作った詩の一節が原文で刻まれている。明日はどうなるか分からないのだから今を楽しもう、という意味の有名な詩の一句です。楽しむ "今" というのが映画であるのが笑わせますが、イタリアでは古文が存在しないという事情は理解いただけるでしょう。一方、日本では、『平家物語』 や 『太平記』 や 『徒然草』 や 『花伝書』 を、現代語訳でなしに原文で読める人はどれくらいいるだろうか。それなのに同時期のイタリアでは、言語が、聖職者の独占物ではなく俗界の人々のものになっていたからこそ、後代まで理解可能な国語を形成できたのだと思います。そして、この傾向の確立と拡大に力あったのが、発明されたばかりの活版印刷の技術であったのでした。

(引用終止) 

k.y.談: 

○ イタリアの人たちが、聖職者が独占していたラテン語(聖職者でもまともに読めない人はたくさんいたが)ではなく、自分たちのことばで思考できるようになったのは画期的なできごとだったはずです。思考のレヴェルがどんどん高くなっただろうと思います。

「現代イタリア語の基本は、十四世紀から十六世紀にかけてフィレンツェで書かれた数々の著作によって成った」ということは、現代イタリア語が400年も前にほぼ完成されたということですから、ルネサンス期のイタリアの人々の思考が、聖職者が独占するラテン語から解放された語彙を獲得して、いかに躍動し拡大したかがよくわかります。

他方、「硬直した中世のラテン語」で人民を支配していた教会が 「シンプルで論理的な古代のラテン語」の膨大な文書を写本の形で保存していて、それがルネサンス運動の強力な基点になったというのも歴史のおもしろいところです。

辞書の起点もヨーロッパの中世

私が、アンチ・バベルの塔主として、もうひとつ興味があるのは辞書の起源です。これもまた、ヨーロッパの中世に関係があります。次の 『辞書とつきあう法 (ごま書房)』 からの引用はその辺の事情をうまくまとめてあります。

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(引用開始)

辞書は本の書き込みから生れた

 中学生が、英語のリーダーなどの行間や欄外に、むずかしい単語の意味を、汚い字で書き込んでいるのをよく見かける。じつは、こうした書き込みから辞書が生れたのであるというと驚く人がいるかもしれない。
 ヨーロッパ中世でも、学者たちは、ラテン語の本で勉強していて、わからない単語が出てくると、やはり、こうした注記を欄外に書き込んでいた。この時代は、学問語としては、ラテン語しかなく、英・仏・伊の学者たちは、当時すでに死語になっていたラテン語を読むために、たいへんな苦労をしたのである。それはともかく、学者たちは、原典を一冊読破したあと、この書き込みを集めて1冊の本にし、のちのちの便宜をはかるようにしたが、これが辞書のはじまりなのだ。英語で、辞書の一つの呼び方に「グロサリー」というのがあるが、これは、文字どおり、「注を集めたもの」という意味であることも、この事実を証明している。
 このため初期のころは、ラテン語の原典一冊につき一冊の辞書があった。そのうち、これらを統合して、一冊の辞書で、多くの原典が読めるようにしたものが、現在の辞書の原型なのである。
 英国について言えば、中世にまず、ラテン語の聖書を読むために、こうした書き込みを集めた、「ラテン=イングリッシュ・グロサリー」ができ、ついで、一七世紀の始めに、コードリーの小辞典テーブル・アルファベチカルができるまでの経緯が、これにあたる。

(引用終止)

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そんな起源を持つ辞書は、グーテンベルグの活版印刷術を経て普及し、20世紀末のIT革命まで基本的には変わらない形で存在してきました。アルファベット順で人(個人やグループ)がコツコツと語彙を収集選択し編集して出版するという形です。

それが、20世紀末からのコーパス言語学の発達普及によって、グーテンベルク以来の革命的な変革を遂げました。紙に印刷された従来の辞書と外見は変わらない辞書であっても、その実用性は画期的に向上し、記載語彙の陳腐化排除などはほぼ完全な域に達しています。CD-ROMの利便性もみなさんご承知の通りです。

さらに、今の中学生の世代になるともはや電子辞書が主流になっています。彼らの祖父母が孫に電子辞書をプレゼントしたりしている。

web 辞書もどんどん充実してきました。

しかし、そんな今でも、グーテンベルクが採用して以来変わらず使われているのが、ポッジョ・プラッチョリーニがデザインしたローマ字印刷書体です。600年近い耐用性を持つ活字書体を発明したボッジョはすごい人です。写字生から出発した篤実な文献学者でしかも美意識の高かったボッジョだからできた発明だったと言えるでしょう。

さて、「アンチ・バベルの塔」はそんな時代に生れた塔です。塔主は引退まぎわの世代ですが、塔自体は、現世代辞書の進化に沿って ― 完成後も ― 改良していくつもりです。

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