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フローラン・ダバディという現象

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フローラン・ダバディー(Florent Dabadie)さん  

1974.11.1 フランス、パリ生まれ

父:ジャン・ルー・ダバディー(脚本家)

母:元雑誌編集長

アメリカUCLAに留学 → パリ東洋学院日本語学科に入学(97年卒業)

サッカー・トルシエ・日本代表監督の通訳・パーソナルアシスタントを務める

現在: 作家、ゲームコラムニスト、俳優、モデルなど

言語: フランス語(母語)、英語、イタリア語、ポルトガル語、韓国語、日本語を操る

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フローラン・ダバディ氏はまだ、31歳。

私は、テレビで彼の日本語を聞いたとき、仰天した。脅威の現象である。

これが、17歳前後で日本語の勉強を始めた人間の日本語とはとても思えなかった。

「ペラペラ」などという浅薄なレヴェルではない。

こんな人を見ると、「外国人だから日本語や日本文化は理解できない」などとはとても言えない。

「外国語は、幼児期を過ぎて習い始めたら、ほんとうにマスターすることはできない」などとはとても言えない。

外国語は大人ほど効率的に学習できる」という持論に対する確信がますます強くなる。

ただし、おまえの英語はどの程度なんだ?とは言わないでほしい。どうせ、たいしたことはない。だから、聞かぬが情(なさ)けである。

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十六歳の時、パリの小さな映画館で小津安二郎監督の「東京物語」を見て、日本映画に魅せられた。翌年、伊丹十三監督の「タンポポ」を見た時は、本当に笑った。映画に出てくる日本の食文化に興味を抱き、辞書を引き引き、読破したのが漫画「美味しんぼ」。米国留学後、フランスに戻って東洋語学院で日本語、日本文学を専攻した。(「常用漢字はすべてOK、漢字かな交じり文は問題なく操れる」という実力だ)(http://home.att.ne.jp/blue/supportista/koneta/koneta_20000816.html より引用 )

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以下 [ http://www.jukushin.com/article.cgi?k-20050623からの転写(太字k.y.) ] のような日本語を発信できる人を目撃すると、『英語の感覚(岩波新書)』の英語不可知論にはとても与(くみ)できない。

フローラン・ダバディー氏

「発信」続ける真の国際人

―ご自身の大学生活を振り返って

「UCLAにあって、フランスや日本の大学になかったのはいわゆる『キャンパスライフ』。空間的・地理的余裕もさることながら、アメリカの大きなキャンパスの広場にある天然芝のスペースには、朝昼夜必ずたくさんの学生が座っていた。アメリカの学生達は、見知らぬ人でも気軽にグループを結成する。新しい友達・人間として出会うコンセプトがあると思った。また、学生達の情熱と、学生でありながら世界を変える力を持っているということも感じた。アメリカのキャンパスは極めて多国籍な学生が集まっている空間。あらゆる国から集まった学生達は、自分の国の歴史や文化の価値観を持っており、それぞれ違った視点を持ちつつも、共通のツールである英語を通じて、平等かつ客観的にディベートを求めていた。非常に刺激を受けたし、本当に贅沢で恵まれた空間であったと思う」。

―「発信」する側としての意識

「アーティストである父が、映画や曲などを通じて訴えたのは『この地球の人間は誰でも一緒』ということ。そして、私が父から受けた教育である『博愛主義』という哲学を皆が持てば、人種差別や戦争はない気がする。確かにその哲学では、この地球を機能させる経済システムや、医学、科学や宇宙に関する問題の解決はできない。だが、その哲学は、ばかばかしい国家・国境意識を解決できるという相当に強い自信がある。私が日本語で語り続けているのも、限りなく客観性を持てるから。母国語ではないからこそ、逆に自分のイデオロギーを一番ピュアに表現できると思う」。

―ご自身のアイデンティティの拠り所

「この『惑星』。私は、全ての人間がこの惑星の総合的な文化遺産を守らなければいけないと思っている。最終的な目標は一つ。同じ惑星の人間として、共存し合い文化を大切にすること、そして人類が生き残ることである」。

―最近の、日本と他の東アジア諸国との激しい対立をご覧になって

「問題自体はシンプル。
どんな差別や戦争でも『無知』からきている。無知であればあるほど、先入観や偏見、そして固定観念を持ち、客観的に考えず、感情的かつナショナリスト的な考えになってしまう。大切なのは、自分の国が報道している情報に対して懐疑的な姿勢を持つこと。そして、第三者の視点からお互いの歴史を勉強すること。無知と戦うのは『教養』しかない。できるだけ客観的なソースから世界の歴史を勉強することで誤解は解けると思う  → k.y.はこの「無知」を「貧語症」と称している

―スポーツの現在、そして未来

「日本対中国、フランス対ドイツという国家間の戦いは、小さくて惨めなものであることを意識したほうがよい。私自身、ワールドカップやオリンピックなどの『国対国』という戦いは、時代遅れだと思う。(スポーツの大会は)決して盲目的な愛国主義を煽るものではなく、この地球の大きな祭りであるのだ。例えば、インテル(イタリアサッカー・セリエAの強豪チーム)は世界のあらゆる大陸から選手が集まっているが、彼らは一つの表現であるサッカーを楽しくやっており、各選手の個性や美学がチームを形作っている。こういう背景を見ると、言葉や文化の壁、国家や国境の対立という問題はないのではないか。彼らは『一緒にならなくてはいけないときに、この惑星の人間は一緒になる』ということをわかりやすく体現してくれていると思う」。

―ご自身から見た『フローラン・ダバディ』

「いつも他の人がやっていないことをやりたい、というのは子供の頃から。村上龍さんの『異端が文明の原動力』という文章にもあるように、異端が他の人に刺激を与え、人を考えさせるものだ。新しいことをやるにしたがって、他の人の創造力を刺激し、また新たなことができるようになると思っている」。

―これからの目標

「私自身唯一持っている遺産と今磨いている力が『アート』。その自分が持っているアートという分野、技術を生かして博愛主義的な哲学を広げていけたらと思っている。最終的には、映画を通じて自分の考えを描き続けるのが理想。そのためにもできるだけ新しいことをやって、新しい人間に出会っていきたい。私自身、実存主義を抱いて、人間は本当に小さくて何もできない存在である、とフラストレーションを感じるときもあるが、やはりこの惑星には『人間』しかいない。だから人間が好きだし、われわれ同じ人間で助け合って、素敵な冒険を続けていかなければならないという使命を感じる」。

―若者へ

「ケネディ大統領は『大学以上に美しい場所は世界に存在しない』と語った。大学は、大人社会の圧迫感がない中の恵まれた空間であることを意識し、持っている自由、体力・頭脳的なパワーを生かして、自分が選んだ分野ですごいことに挑戦して欲しい。そして、向上心や好奇心はもちろんだが、自分には無限の力があるという自信を持って、自分の人生の価値観・個人性の哲学の土台を大学の四年間で完全に作り終えて欲しいと思う」。(安藤貴文)

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