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生と死

yas さん、ていねいなメールをいただきありがとうございました。

人の死に際していつも思うのは、別れの悲痛や時には密かな安堵の周囲で、着実に進む世代交代の流れです。

そんな中で、普段意識しない個人の生の有限を強く意識します。

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人生80年として、24時間×365×80=70万800時間。

その内、睡眠時間は7時間として20万4400時間。

だから起きている時間は49万6400時間。その内食事その他(1日4時間)を除く活動時間が37万3200時間。

教育や母国語のの完成に22年かかるとすると、その期間が(24-11)時間×365×22=10万4390時間。

したがって、社会人としての実質活動時間は37万3200-10万4390=26万8810時間

さらに、サラリーマンの定年を60歳とすると(60-22)年間の活動時間は、26万8810×(60-22/80-22)=17万6117時間

余生が9万2693時間

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つまり:

60歳までの実質活動時間(38年間) → 約18万時間 

余生               → 約10万時間

ちなみに、英語の巨人・斎藤秀三郎氏が英語学習に費やした時間はどう見積もっても10万時間は越えている。こんな計算をすると、斎藤氏のすごさを垣間見ることができる。

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これは、おもしろい数字。

また、サラリーマンが仕事以外に何かを学習できる時間は、最大で年間600時間ぐらいだと思われます。

だから、サラリーマンの場合、何かの分野でプロ級のスキルを習得するために1万時間かかるとすると、約17年の期間が必要になります。ちょっとモタモタすると20年はかかってしまう。

何とか格好がつくレヴェルに達するだけでも、10年間は必要です。

ほとんどの人は定年で人生はほぼ終わり

18万時間はうっかりすると仕事関連だけで容易に満杯になる。

しかし、現役時代に何かプロのスキルを習得できれば、現役の時はもちろん、余生も実に充実したものになる

人は、各自の絶対有限時間を意識することで、ちょっと変わるかもしれない。


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Comments

 心からお悔やみ申し上げます。
 昨年の夏以来、k.y.様のブログを
通じて多くを学ばせていただいて
おります。
 再開を非常に楽しみにしております。

Posted by: yas | December 06, 2005 at 09:16 AM

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