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sd さんの「考察」と記憶という現象―心身問題 (1)

sd さん ( http://www.geocities.jp/yellowsubmarine0825/ ) が 「Ebbinghausの記憶実験と英単語ボキャビルの考察」という記事をご自身のブログに書かれています。

私は、sd さんの「記憶という現象をできるだけ客観的に記述」して各人の記憶に活かそうとされる意図はよく理解できるのですが、記憶はたいへんに奇妙な現象で定式化にはとうていなじまないのではないかという懸念が強くあります。

それで、「考察」を拝読してコメントをさせていただきたいと思いながら、自分の気持ちをどのようにまとめたらといのかわからないままにずいぶん日が経ってしまいました。

今、こうして書き始めたのは、やっぱり何か書いてコメントにかえさせていただこうか、そうすれば自分の思考も多少は彷徨をやめて方向を見出せるかもしれないし、と思ったからです。

ただ、どうやらとんでもなくとりとめのない話になりそうなので、興味のない方は、時間の浪費になってはいけないので、無視してください。

まず、もうだいぶ前から折に触れて考えていることなのですが、記憶に限らず一般に人間の精神活動が現行の科学的な分析の対象になり得るのかという疑問です。

最近盛んに脳科学が論じられていますが、あれははたして人間の精神活動の解明に関係しているのか否かという疑問です。隔靴掻痒(かっかそうよう)ではないのか?

心身関係は現行の科学分析の対象になり得るのかという不安です。

日経・2006年・2月4日・『NIKKEI プラス1』 の記事のなかに、営業コンサルタント・和田裕美さん(1967年生まれ)の話しが掲載されています(タイトル以外の太字k.y.)↓

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自然食品の効果信じる

七 - 八年前から、食べるものに気を使うようになりました。玄米や無農薬有機栽培の野菜を食べたり、青汁を飲んだりしています。きっかけは、人に誘われて自然食品の店に連れて行ってもらったこと。それ以来、食べ物を舌ではなく、頭で食べるようになったんです

 正直、無農薬の野菜を、そうだと知らずに食べても違いはわかりません。でも「これは無農薬なんですよ」と言われると、本当に甘みが違うように思える。水も、おいしい水と言われると、ほかと違うように感じる。すると、体にいい効果が出るんです。そういう思い込みの力ってすごいと思うんですよ。おかげで、このところ医者知らず。去年、家族みんなが食中毒になった時、私だけ平気でした。

 味覚も変わりました。スナック菓子とか生クリームなどの、どろっとしたものが欲しくなくなり、逆にこれまで嫌いだったトマトが好きになった。豆類も好物に。体にいいと言われると、おいしくなってくるんです。

 セミナーやコンサルティングなどで大勢の方にお会いすると、相手の立場でものを考えないといけないので疲れます。そういうときは一人で神社に行く。家の近くや、風水でこの方がいいと聞くと、その方向にある神社にいってお参りします。一人になって自分をニュートラルな状態に戻し、方角のパワーを信じてまた、がんばろう、とやる気が出るんです。

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私は、こんな話しを聞くと、プラシーボを想起します。プラシーボは、場合によってプラシーボではなくなり、真の医薬品と同様の効果を持つ。また、同じ薬でも、偉い医者に「これはよく効くよ!」と言われると想定外の効き目を発揮することがあるという。

和田さんは、そういう効果を疑わないばかりか自分でも積極的に活用して、実効をあげておられる。「そんなの気のせいでしょう」などと言って無視しない。

和田さんは、「日本ブリタニカで世界第2位の営業成績をあげて話題になった」という営業の達人である。その秘訣は、ひょっとしたら、心身間の機微を直感的に察知して営業に利用する資質を生来備えているからかもしれない。今のように意識はしていなかったが、従来からそういう能力があったのかもしれない。

私のこのブログでよく「心身は一体である」と述べてきました(根性論ではありません)。「そんなことあたりまえだよ」と言われるかもしれません。

しかし、それを意識して活用するとしないとではいろいろな面で大きな違いになると思います。何度も言いますが「そんなのできないに決まってる」と思ったとたんに可能性はゼロのなります

「できる」と思えばこそできるんでしょう。立ち幅跳びで「あそこまで飛べそうだ」と感じたら、稽古さえしたら、そこまで飛べるようになる。

さて、sd さんの「考察」に戻りますが、そんな心身の一体現象を定量的客観的に分析して記述できる能力が「現行の科学手法」にあるのでしょうか?

語彙を5万語暗記しようと決意」して(ダメだよと決め付けるとそれでもう終わりですが)、これから先その5万語を記憶する軌跡をあらかじめ予測できるのでしょうか

私は、「アンチ・バベルの塔」の塔主としての経験からしても、できないと思います。

E=mc² というような方程式が心身間に成立するのでしょうか?

しないと感じています。

数学者のペンローズは 『Shadows of the Mind 』 という著書(214ページ)で ― We - our bodies and our minds - are part of a universe that obeys, to an extraordinary accuracy, immensely subtle and broad-ranging mathematical laws. That our physical bodies are precisely constrained by these laws has become an accepted part of the modern scientific viewpoint. What about our minds? Many people find the suggestion deeply unsettling that our minds might also be constrained to act according to those same mathematical laws. Yet to have to draw a clean division between body and mind - the one being subject to the mathematical laws of physics and the other being allowed its own kind of freedom - would be unsettling in a different way. For our minds surely affect the ways in which our bodies act, and must also be influenced by the physical state of those same bodies. The very concept of a mind would appear to have little purpose if the mind were able to neither to have some influence on the physical body nor to be influenced by it. Moreover, if the mind is merely an 'epiphenomenon' - some specific, but passive, feature of the physical state of the brain - which is a byproduct of the body but which can have no influence back upon it, then this might seem to allow the mind just an impotent frustrated role. But if the mind were able to influence the body in ways that cause its body to act outside the constraints of the laws of physics, then this would disturb the accuracy of those purely physical scientific laws. It is thus difficult to entertain the entirely 'dualistic' view that the mind and the body obey totally independent kinds of law. Even if those physical laws that govern the action of the body allow for a freedom within which the mind may consistently affect its behaviour, then the particular nature of this freedom must itself be an important ingredient of those very physical laws. Whatever it is that controls or describes the mind must indeed be an integral part of the same grand scheme which governs, also, all the material attributes of our universe. ― と述べています。

Whatever it is that controls or describes the mind must indeed be an integral part of the same grand scheme which governs, also, all the material attributes of our universe. という記述に適う能力が現代科学にないとしたら、記憶を分析するツールはまだないことになる。

それにしても、Penrose 氏の英文は ― 鋭利な文体自体非常に参考になりますが ― なんとも魅力的な洞察に満ちています。

続く...

追記:参考にどうぞ → (ロジャー・ペンローズ+佐藤文隆) http://www.ntticc.or.jp/pub/ic_mag/ic025/html/100.html


 

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Comments

sdです。

自分のサイトのほうはしばらく更新をさぼっており
ますが、 仕事が忙しかったのと 自分なりに
英文ボキャビルを対象に 記憶実験のデータを
とっていたからでもあります。
まだほんの取っ掛かりにすぎませんが
かなり面白いデータが得られそうです。
今度の週末か週明けには1回目の結果を報告します。

なお、人間の心理とか記憶というのはばらつきが
おおきい、再現性にとぼしいというのはそうだと
思っています。 ただ、まったく何の法則・規則性
も無い、というのはありえないとおもいますし、
今回私が個人的に取ったデータでもそれは
見ていただければわかると思います。

Posted by: sd | February 09, 2006 at 12:37 AM

sdです。

私のサイトに 
「英文ボキャビルを対象にした 記憶&忘却実験(その1)」 をアップしました。

まだまだとっかかり始めただけですが、
記憶と忘却に関心のあるかたには
なかなか面白いデータが得られましたので
ご覧ください。

Posted by: sd | February 12, 2006 at 06:50 PM

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