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記憶力と才能と外国語(1)

『才能を開花させる子供たち(エレン・ウィナー著・片山陽子訳)』 というNHK出版の本があります。

その中に「記憶の種類」という章があり、そこに次のような記述があります↓

― 人がどんな才能をもつかは、その人がどんな種類の情報を最も多く記憶に蓄えているかと密接にかかわっている。数学的才能という表層を下支えするものは、数的、空間的情報を記憶する能力である。言語的才能の深層にあるのは、言語的情報を記憶する能力である。言語的な才能や数学的な才能があるからといって、その人が何に関しても記憶力がいいというわけではない。その人の記憶にどんな種類の情報が最もよく蓄えられているかを調べることによって才能を研究しようとする心理学的な取り組みがあり、情報処理的アプローチと呼ばれている ―

その情報処理的アプローチによると、たとえば ― 空間的情報を記憶する能力がある人は物の小さな部分だけを見て容易に全体の形を判断することができたり、言語的情報を記憶する能力のある人は前後関係がなくても単独の音を聴いてそれが単なる音声なのか意味のある言葉なのかを容易に判断することができること ―が分かるらしい。

私は、これはたいへん重要な知見だと考えます。

ドナルド・キーンさんは、「数学は不得意であったけれども記憶力はずば抜けてよかった」と語っておられます。上記の知見によれば、キーンさんの場合は、一般に記憶力がいいということではなくて言語的処理を記憶する能力が抜群であるということになります。数ヶ国語に精通し、日本語に関しては普通の日本人をはるかに凌駕しておられることが、その証拠になります。

キーンさんのような人なら、おそらく、例文やコンテクストがなくても各語彙の暗記が容易にできるし、普通の人なら困難な丸暗記もそんなに困難なことではないと思われます。

事実、キーンさんは、いろいろなことを切手のように頭に貼り付けていったとおっしゃっています。切手という表現は、非常に短い情報、典型的には単語のようなものを想起させます。

他方、ピーター・フランクルさんは、数学の才能はもちろん、言語的才能もまことに非凡なものを持っておられる。

そのフランクルさんは、自著の 『ピーター流らくらく学習術(岩波ジュニア新書)』 で 「ぼくの外国語学習法」 という章の中で ―  ぼくは多くの人から、あなたの脳の中を見せてくださいと言われます。残念ながらぼくも見たことがありません。でも、ぼくの頭の中はコンピュータのハードディスクみたいなものだと、勝手に想像しています。ランダムアクセスメモリーではなく、ハードディスクなのです。メモリーされているところは言語によってかたまりになっていて、韓国語で話したいと思ってもすぐには読み出せず、自由には出てきません。ちょっと待っていると、ディスクが回って、ヘッドが韓国語が記録されている部分にたどりつきます。すると、韓国語の表現が一気に出てきます。ぼくはそういうように頭の中をつくろうと思っているのです ― と日本語で書いておられる。

人はよく言いますね、「人間はコンピュータのように記憶できるわけがない」と。

しかし、フランクルさんは、自分で、「私の言語記憶はハードディスク」みたいなものだと明言しておられる。これは、キーンさんの「頭の中に切手のように貼っていく」という表現と相通ずるもので、たいへん興味深い。

続く...

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