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現実的な語彙強化(21)

「現実的な語彙強化」というシリーズですが、今回は、「現実的な英語学習」ということにします。

『文芸春秋』の今月号(2006年5月号)に、京都大学教授の中西輝政さんが「小学生に英語教育は必要か」という記事を書いておられるのですが、その中に ― 私の現在の「英語力」の核になっているのは、やはり中学・高校時代に受験勉強のために仕方なくやった「クソ勉強」のお陰であるし、二十代に留学したイギリスでの、同じくあの砂を噛むような「クソ勉強」だったように思う・・・語学の勉強には「クソ勉強」以外にはない、ということが、もうそろそろ国民的常識になってよいころだと思うのであるが・・・「楽しく学ぶ○○語」のスローガンが・・・日本人を惑わせ続けているように思う。「楽しく学ぶ」であれば、効果は期待しない方がよいし、それでも時間の無駄と思わない人だけが、情操教育とか「教養」に一つとしてやる、これが今日、英語教育をめぐる論議における出発点として、まず確認しておくべきことだと思う・・・これまで長年にわたり日本語を学ぶ欧米人に接してきたが、やはり彼らも「クソ勉強」以外に上達はできないことを数多く見てきた。要するに、両方の言語の間にある、とんでもないほど隔たった「言語の谷間」を超えようとするのだから、日本人であれ欧米人であれ「涙なし」では超えられないことは自明のことなのである(省略・太字k.y.) ― という一節があります。

中西さんの専門である外交その他に関する言説には独断に過ぎると思われるものもあって時に合点がいかないこともありますが、こと英語学習については、私の場合は砂を噛んだりするほど無味乾燥なものでは決してありませんが、おっしゃるとおりだと思います。「いわゆる楽しい」やりかたは、極めて低いレヴェルで満足する場合を除いて、効果がないことは明らかです。「お稽古事」を超えるレヴェルを目標とするのであればまったく効果はない。「いわゆる楽しい多読」など児戯(じぎ)に等しい。

ただし、低いレヴェルを低いと思わない・気づかない方もおられますから、それはそれでひとつの事実として受け入れなければならないし、そんな方のことを云々するべきでもありません。人それぞれ価値観も何もかも違うわけですから干渉する権利など皆無です。また、そんな人たちから見たら「アンチ・バベルの塔」など「オタク」そのもので何の価値もないものかもしれません。私は、学問であれスポーツであれ何であれ、オタクにあらずしてある程度以上は何もできないと考えていますからまったく立場が違います。いわば水と油ですが、両方あるいはその中間の人も含めて厳然と存在します。すべて事実です。互いに説得しようなどとは思わずわが道を行くのが精神衛生上もよろしいようです。

さて、私は中西さんの見解に砂を噛むこと意外に異論はないわけですが、書店その他の英語学習コーナーは「楽しい教材」であふれています。

中高の英語教科書も楽しい会話でいっぱいです。

習う語彙も激減しています。

おまけに小学校で「チーチーパッパ英語」を教えるという! 

私は、そんな現状がいいとは思いません。

上達したいのなら「クソ勉強」は避けて通れない、それをまず認識すべきでしょう

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