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いつも不思議に思うこと(1)

前にもすこし触れたことがあるのですが、英語の学習に関して、いつも納得がいかないことがあります。

まず、アンケートなどの調査によると、小学校の英語教育に賛成する父兄の比率が70~80%に達するという事実に関してです。

その背景には「自分がしゃべれないからあるいはしゃべれるようになるのに苦労したから子供にはそんな思いをさせたくない」という親の気持ちがあるようです。

これだけ英語学習論が盛んで、留学も盛んで、小学校の英語教育も別に珍しいことではなくて明治時代でさえ実施されていた時期があったし私立の小学校ではもう長いあいだ英語を教えてきている。

さらに、多くの小学生が英語塾や児童英会話教室に通っている。

だから、「世に言われているような形体の国内の早期英語教育の成果がどういうものであるか」周知であってもまったく不思議でもないのに、まるで周知ではない。

成果らしい成果はないに等しい。

そんなことを父兄が知らないとしたら、不思議である。この情報の豊かな時代に、こんなに明らかなことを、万事に聡い父兄が知らないらしいことに納得がいかないのです。

児童英会話教室や英語塾などまったく無縁でも、日本語の本をしっかり読みこなしてきた児童なら、中学校で英語を学びはじめるや否やたちまち児童英会話教室や英語塾経験者の英語レヴェルに追いついてしまうあるいははるかに追い抜いてしまうことが珍しくもない事実を父兄が認識していないらしいことに納得がいかないのです。

さて、なぜ、さしたる成果がないのか

理由は実に明確です。

学習時間の絶対的な不足です。

あの程度の時間数の英語学習ないしは英語のお遊びなら、その程度の成果しかなくて当たり前で、このことは不思議でもなんでもない。

たとえば七田式の早期英語教育が他の児童英語学校などに比較して優れていることがあるとしたら、それは、集中した学習時間の総量をたくみに増やす工夫をしているからでしょう。

他方、母語をしっかり身につけた児童はそうでない児童に比べて英語学習が加速する。そんな子は、ラジオ・テレビ・オンラインその他の学習でどんどん独学で学習を進めることもできる。母語である日本語の豊かな語彙と日本語の文構造を論理的に分析できる能力を備えた子なら、その語彙力と論理的な分析能力を外国語の学習に生かすことができるからです。

英語が苦手な生徒が例外なく有する共通の欠点は、日本語の貧弱な語彙と英語のSVOCを見抜けない非論理性です。

そんなことがなぜ周知でないのか不思議でならないのです。

次に不思議なことは、「日本の伝統的な英語教育はしゃべる聞くにはほとんど役に立たない」という暴論がまことしやかに跋扈していることです。

このことに関しては、次回に触れてみたいと思います。

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