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「塔」の画像をとりあえずアップしました

アップのシステムにほとんど無案内で、まことに不十分なものです。

時間を見つけて、少しずつ充実させるつもりですので、naoto さんはじめ、みなさんよろしくご了解ください。

Thank you.

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真の語彙強化(3)

「アンチ・バベルの塔」 でいうネイティヴ・スピーカーとは 「コーパス人」 あるいは 「ホモ・コルプス」 のこと。

前回に、「生身の人間を念頭に置く限り、語彙力強化の基準にできるようなネイティヴ・スピーカーは存在しないことになります。しかし、それでは 「アンチ・バベルの塔」 の建設が不可能になってしまいます。 問題の突破口を見つけなければなりません」 と書きました。

「問題の突破口」 とは 「過不足ない語彙を持つ人」 を仮定することです。 

生身のネイティヴ・スピーカーの語彙は各人バラバラでどの人の語彙も私たちの語彙強化の目標にはなりえないから、 「過不足ない語彙を持つ架空の人」 を1種の理念型として想定するわけです。

理念型と言えば、ご存知の方も多いでしょうが、元来はイデアルティプス ( idealtypus ) の訳語です。

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イデアルティプス Idealtypus <理念型> もしくは <理想型> と訳される。 ドイツの社会科学者マックス・ヴェーバーが社会科学で用いられる諸概念の特質をいいあらわすために提唱した言葉である。ヴェーバーによれば、経験的にあたえられる現実態は無限に多種多様であるから、これを社会学的に認識しようとする場合には、どうしても、研究者が自己の関心をもつ一定の観点 (認識理念 ) にもとづき、これに関係ある側面だけを思考によって抽象し、そこにまとまった一つの意味をもつ思想像をつくり、この思想像を用いて現実態の理解をすすめてゆくほか仕方がない。このようにしてつくられた思想像がイデアル・ティプスである。たとえば、経済史などで用いられる <都市経済> という概念をとってみれば、それは、観察された歴史上のすべての都市のうち、あるところには多く、あるところには少なく、ところによっては全くないというように散在する個々の現象を、まとまった一つの意味をもつ思想像に結合するところに成立する一つのイデアル・ティプスである。ヴェーバーが社会科学の研究をすすめる上に用いた諸概念、たとえば資本主義、伝統主義、カルヴィニズムなどは、すべてイディアル・ティプスである。自然科学の研究で用いられる諸概念が現実態の一般的法則的な側面を抽象してつくられるのにたいして、イデアル・ティプスは現実態の個性的な側面を純粋に表明するためにつくられるという点に特徴がある。

『世界大百科辞典 (平凡社 1955年版)』 より引用

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私は、「アンチ・バベルの塔」 を体現する理念型を 「コーパス人」 と命名することにします。

英語では 不可算名詞の Corpus Man ラテン語風にして Homo corpus = ホモ・コルプス としておきましょう (ことば遊び塔主の造語です!)。

冗談ついでに、ホモ・コルプスの始祖が私です。

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真の語彙強化(2)

ネイティヴ・スピーカーとはだれのこと

前回に、「最終的にはネイティヴ・スピーカーに迫る語彙力を養うこと」 だと書きましたが、そもそもネイティヴ・スピーカーとはだれのことでしょう?

たとえば 『 Longman Dictionary of Contemporary English 』 は 「native speaker」 を ― someone who has learned a particular language as their first language, rather than as a foreign language ( ある特定の言語を、外国語としてではなく、第1言語として習得した人 ) ― と定義している。

また、『ロングマン英和辞典』 で 「native speaker」 を引くと ― 母語話者、ネイティブスピーカー: a native speaker of English 英語を母語とする人 「ある言語を母語とする人」 という意味の 「ネイティブ」 は和製英語。 英語では native speaker を用いる ― と記述してある。

つでに 『 広辞苑』 で 「母語 」 を引くと ― 1 幼児に母親などから自然な状態で習得する言語。第一言語。母国語というと国家意識が加わる。 2 祖語2に同じ。― と書いてある。

つまり、「英語のネイティヴ・スピーカー」とはだれのことかと聞かれたら、「英語を母語とする人」 ということになる。

しかし、これでは、だれの語彙力を目標にするのか分からなくなる

なぜか?

英語のネイティヴ・スピーカーの語彙力は人によって異なるからです ( 語彙が貧しい人と豊かな人では語彙数で5~6倍以上の格差がある)。

だから、ただ 「ネイティヴ・スピーカーの語彙力」 というだけでは、実体のないものを目標にすることになってしまい、その結果、いろいろな意見が出て混乱する。

「知り合いのネイティヴはあまり語彙を知らない」 とか 「ほんとうにネイティヴはそんな語彙まで知ってるの?」 とか 「ネイティヴの語彙数は実際のところどれくらいなの?」 とか 「ネイティヴの人も知らないと言ってた」 とか、いろいろな疑念が生じて混乱する。

それなりのネイティヴ・スピーカーだとか、標準的なネイティヴ・スピーカーだとか、教養あるネイティヴ・スピーカーだとか言っても、実はあまり説得力がない。

したがって、生身の人間を念頭に置く限り、語彙力強化の基準にできるようなネイティヴ・スピーカーは存在しないことになります。

しかし、それでは 「アンチ・バベルの塔」 の建設が不可能になってしまいます。 問題の突破口を見つけなければなりません。

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真の語彙強化(1)

真の語彙強化とは、最終的にはネイティヴ・スピーカーに迫る語彙力を養うことであって、大学や資格試験合格その他のためだけのきわめて不十分な語彙力を養うことではありません。

いろいろな英語学習者がいます。

1 まず、真の語彙強化など考えてみたこともない人がいるかもしれない。 ただ市販の単・熟語集を買ってきて覚えているだけで、それがどの程度の語彙なのかはあまり考えたことがない人がいるかもしれない。

2 大学受験や資格試験用の単・熟語集をマスターして満足していて、それがどの程度の語彙なのかあまり考えたことがない人も多いかもしれない。

3 たとえば英検1級の単・熟語 (ごく普通に使われる語彙) がたいへんな難語彙だとひどい誤解をしている人も後を絶たない。

もし、1~3などに該当する場合、上記の「真の語彙強化に対する自覚」を持っているとは言えない。 

ネイティヴ・スピーカーの語彙はどの程度で自分の語彙はどの程度でだからどの程度の語彙まで習得したいという自覚」 を持っているとは言えない。

まずそんな自覚を持つこと。

それが真の語彙強化の前提になる。 

各種受験マーケットの基準やそれに起因するひどい誤解から自己を開放し、正しい前提に立つことが勝利への一里塚になる

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母語の語彙蓄積と英語の語彙蓄積(3)

前回に次のように書きました。

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母語である日本語の場合未知語彙の習得 = 未知概念の既知化になる。

他方、 外国語である英語の場合未知語彙の習得 = 既知概念の英語化になる。

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だから、英和辞典の訳語 ( あるいは説明 ) を見るだけで英語の語彙を理解することができる。 

しかし、日本語の語彙が不足していると困ったことになる。

日本語を知らない、つまり日本語の語彙を見てもその概念が理解できない、したがってその概念を表す英語の語彙も理解できないし覚えられない、という困ったことになります。

こんな場合は、その日本語の語彙の概念を理解し覚えることがまず必要になります。 

これがなかなかできない。 覚えるべきときに覚えていないと後になって概念の理解からやり直すのはそんなに容易なことではない。 日本人の成人の標準語彙数は5万語前後ですが2万語ぐらいしかない人もいる。 そんな人が、たとえ母国語でも、成人してから1万語単位で語彙を増強するのは難しい。

大学受験生などは市販の単・熟語帳を暗記するわけですが、日本語の貧弱な受験生になると、たとえば capitalism という英単語に資本主義という訳語が添えてあっても資本主義の概念が理解できていないことがある。 だから 「 いわゆる丸暗記 」 してそれで終わりになりがちです。 しかし、「 いわゆる丸暗記 」 をしても覚えたことにならないのは当然です。

このことだけからでも、ある人の英語力の上限はその人の日本語力によって決まるということがよく分かります。

ちなみに、「資本主義」 を小学生用の 『 くもんの学習国語辞典 』 を引くと ― 資本家が、労働者を雇って品物を生産し、それを売ってもうける経済の仕組み ― と書いてあり、「 capitalism」 をアメリカの小中学生用の 『 Longman Study Dictionary of American English 』 を引くと ― a system in which businesses belong mostly to praivate owners, not to the government ― と書いてある。 同じ言葉でも視点の異なっている点がおもしろい。

さらに、学習上級英英辞典 『 Longman Dictionary of Contemporary English 』 を引くと ― an economic and political system in which businesses belong mostly to private owners, not to the government ― と書いてあって、小中学生用の 『 Longman Study Dictionary of American English 』 とほぼ同じ。 学習英英辞典は小学生の語彙で記述されていることが分かる。

参考のため、ネイティヴ・スピーカー用の英英辞典 『 The American Heritage Dictionary of the English Language 4th 』 を引くと ― An economic system in which the means of production and distribution are privately or corporately owned and development is proportionate to the accumulation and reinvestment of profits gained in a free market ― と書いてある。

他方、 『デジタル大辞泉』 を引くと ― 封建制度に次いで現れ、産業革命によって確立された経済体制。生産手段を資本として私有する資本家が、自己の労働力以外に売るものを持たない労働者から労働力を商品として買い、それを上回る価値を持つ商品を生産して利潤を得る経済構造。生産活動は利潤追求を原動力とする市場メカニズムによって運営される。キャピタリズム。― と書いてある。


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チャールズ・ディケンズの語彙(23)

Miss Trotwood、 or Miss Betsey、 as 私の哀れな母は常に彼女を呼んだ、 when 彼女が充分に克服した 彼女の恐れ of この手ごわい偉い人 to 言及する 少しでも ( which was seldom )、 had been 結婚して to a夫 より若い than herself、 who was 非常にハンサムな、 except in the 意味 of theありふれたことわざ、「行ないのりっぱなのがりっぱな人」 ― というのは 彼は強く疑われていた of having 殴った Miss Betsey、 and even having 一度、 on a口論になった問題 of 支出、 made some 軽率な but 決然とした段取り to 彼女を投げる out of 3階の窓 

Miss Trotwood, or Miss Betsey, as my poor mother always called her, when she sufficiently overcame her dread of this formidable personage to mention her at all (which was seldom), had been married to a husband younger than herself, who was very handsome, except in the sense of the homely adage, 'handsome is, that handsome does' - for he was strongly suspected of having beaten Miss Betsey, and even of having once, on a disputed question of supplies, made some hasty but determined arrangements to throw her out of a two pair of stairs' window.

この伯母は ― 私の母はこの人のことが苦手で(たまに)どうしても口にせざるを得ないときはかわいそうに何とか怖さを抑えて必ずミス・トロットウッドとかミス・ベッツィとか呼んでいたが ― 自分より若い相手と結婚していたことがあった。 その夫はたいへんハンサムではあったが、俗に言う「ハンサムとは行動がハンサムなことである」というわけにはいかず、ミス・ベッツィを殴ったり、お金のことで夫婦喧嘩になった際にはあろうことか妻を3階の窓から放り出す決断さえしたことはどうやら間違いないようだ。

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Handsome is as handsome does.

《諺》「人の値打ちは見た目より行動で決まる」。「立派な(handsome)人とは行いの立派な人である」ということから。¶He may be good-looking, but handsome is as handsome does.(彼は確かにハンサムではあるけれど,人の値打ちは見た目より行動で決まるって言うでしょ)

(E-dic)

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語彙強化法をめぐる議論・続

いろいろな語彙強化法と我流の方法

折に触れて思うのですが、語彙の強化法も結局は人それぞれで、自分でこれだと感じるものを試してみるしかない

私もずいぶんいろいろなことを試してきました、というより、失敗の山を築いてきました。 失敗とは言いつつ何かを試みるごとにある程度の成果はあるわけですから、大きな凹凸(復習を徹底できなかった、その方法も分かっていなかったので、保持率が低かったことが凹 )を繰返しながらも、徐々に語彙が増えていったことは確かで、何もやらない人に比べたらかなり大きな語彙力を持っていました。 先輩や同輩の人たちの学習法も本やネットのサイトで読んだりしてずいぶん参考にし、試行し、各方法の自分にとっての長短も実感していました。 

それで、最後にたどりついたのが「アンチ・バベルの塔」。 

これは大成功でした。 

成功の主な原因は:

1、必要語彙の選択と範囲について暗中模索する必要がなくなったこと。 つまり、コーパスに準拠した学習(英英)辞典の出現によって、質・量両面で、明確にしかも合理的に、必要な語彙の範囲を定めることができたこと。 

2、その範囲内の未知語彙とその語義及び必要な場合はその例文もカードに転記することによって、無駄のない復習を自在にすることが可能になったこと。

3、その過程で、5000~1万語単位の語彙は、5~10回の復習では (少なくとも私は) 決して定着しないことが明らかになり、その結果、あせることなく定着作業を続ける安心が生れたこと。

4、また、 未知語彙が確実に減少するにつれて、「音声と文法(構文)のマスターのあとに残る巨大な壁=語彙」の突破こそ英語学習のブレイクスルーになることを実感し、語彙重視の正しさを確信し、余計な不安や迷いなく語彙強化にまい進できたこと

ところで、ある人が大きな成功を収めた学習法であってもだれでもその通りにできるとは限らない

人はそれぞれ ― 良くも悪くも、生い立ちや性格や能力や環境やその他いっさい含めたあらゆる意味で ― 独特な存在である。 だから、各人の学習法は必ず各人の我流になる。 他の人にとっては不満な点があっても当然だ。

そこで大事なことは、不満な点をリストアップして自分なりに検討し、改良した方法を実行し、成果があがるかどうか確かめることでしょう。 

あれはダメこれもダメだとあら捜しをするのはいとも容易ですが、それだけではまったく前進しない。 ダメだと思ったら別の方法を考え出し、実行し、効果を確認しなければ意味がない

そして、何度も試行錯誤したあげくの我流で成功すればそれに勝るものはない。 自分にとって最適の方法だから悪かろうはずはない。

追記: 「アンチ・バベルの塔」 の根幹にある ― 必要語彙の範囲認識とその範囲内の未知語彙の確定及び復習の徹底が重要だという見地 ― は普遍性があると考えています。 各人によって異なるのは具体的なやり方でしょう。


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リンカーンの演説(21)

私の主張: 『 「動詞派生名詞 of A, by A」というパターン」 において、その「動詞派生名詞」 は「自動詞から派生した名詞になり、例外はまったくない 』

ここで、自動詞の govern に by the people が続く表現をひとつ引用しておきます。

be governed (他動詞) by the people ではなく、ズバリ govern (自動詞 ) by the people という表現です。

(引用開始) What a waste of the privilege to govern "by the people and for the people." What a waste of the intellectual capital in this country.(引用終止 太字 k.y. ) ( 「The Seattle Times Wednesday, October 18, 2006 」 http://seattletimes.nwsource.com/html/opinion/2003309914_normrice18.html の記事 「Take part in your future By Norman B. Rice and James Whitfield」 より )

この 1 govern by the people の by は according to の意味で 「基準・準拠」 を示し、 2 be governed by the people の by のように 「動作主」 を示すものではない。

したがって、1 は 人民に依拠して(人民のやり方で) 治める という意味であり、2 は 人民によって治められる = 人民が治める という意味になる。

また、 govern が自動詞の場合、「government of the people, by the people, for the people」 の government of the people の of は the people が主語であることを示し、目的語であることを示すのではない。だから、全体の意味は 「人民が人民(のやりかた)によって人民のために統治すること = 人民の人民による人民のための政治 」 になる。

of は 「由来」 を示す、つまり、government of the people を人民に由来する政治と考えても大勢にはまったく影響はない。

マーク・ピーターセンさんは、 「 ネイティヴは、of A の A を ― 主語 / 所有者 / 由来 と解釈しますが ― 目的語(他動詞派生名詞とする解釈からの結論)だとは考えません 」 と述べていますが、至極自然な捉え方です。

さらに、 歴史的な観点から 「government of the people, by the people, for the people」 の意義を探ってみても、その government が自動詞から派生した名詞であることは、「リンカーンの演説」 シリーズで既述のごとく、 疑いようがない。


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リンカーンの演説(20)

government of the people, by the people, for the people」 を 「人民の人民による人民のための政治」 という正しい翻訳があるにもかかわらず 「人民が(by)人民のために(for)人民を(of)支配すること」などという馬鹿げた翻訳を「これこそ正しい翻訳」だと主張する人たちが出現して主要な英和辞典までその馬鹿げた翻訳を掲載する原因は、何度も指摘してきたように government の動詞形 govern は他動詞だと決め付けてしまったことである。

自動詞 の govern がまったく念頭になかったことが原因になった。

government of the people, by the people, for the people」 を最初に使ったウィクリフは、「聖職者の聖職者による聖職者のための(教会)政治」を、「人民の人民による人民のための(教会)政治」に転換しようとした。

そのウィクリフが考えていた govern も、もちろん、自動詞としての govern である。

なぜ、英語の専門家までもがこんな初歩的な間違いをしたのか? 有力な英和辞典までその間違いを踏襲してしまうのか?

それは、たとえば「学習英英辞書」 をしっかり読まないからだ。 SSS方式の多読などしている限りこんな間違いは永久に訂正されない。 

『 LDOCE 』 の govern の項を読むと:

1 [intransitive and transitive] to officially and legally control a country and make all the decisions about taxes, laws, public services etc [= rule]:
the leaders who govern the country ( k.y.注 他動詞 )
The party had been governing for seven months. (k.y. 注 自動詞 )

2 [transitive] if rules, principles etc govern the way a system or situation works, they control how it happens:
legislation governing the export of live animals
The universe is governed by the laws of physics.

と書いてあって、他動詞も自動詞も、どちらが主というわけでもなく、両方使われることが分かる。

また、ちょっと Google で検索すれば、government of Bush, by Bush, for Bush のような表現は他にも見つかる。 これが 「ブッシュがブッシュのためにブッシュを支配すること」 などという馬鹿げた翻訳にならないことはだれでも分かる。

be governed by the people の by ばかりに固執する人は、Google 検索よる文章 ―  Between The Testaments - Fundamental Baptist Institute The Presbyterians have a republican form of government; they govern by representatives. The senate of Rome constituted its republican feature, and had become the most corrupt oligarchy in history. They appointed the proconsuls who ... ― にある govern by の by をどう説明するつもりなのか? 

自動詞 govern に by を使う例は他にもいくつか発見できる。 govern by で検索すればよい。

緊急の課題として、英和辞典のの間違った翻訳の訂正が必要である。有力な英和辞典がその重大な間違いを放置する害は大きい。 

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母語の語彙蓄積と英語の語彙蓄積(2)

さて、ここで、母語の語彙獲得と英語の語彙獲得を比較してみましょう。

母語である日本語の場合未知語彙の習得 = 未知概念の既知化になる。

他方、 外国語である英語の場合未知語彙の習得 = 既知概念の英語化になる。

ここに、母語の語彙獲得と英語の語彙獲得の大きな違いがある。 いちいち概念の理解から学ぶ必要がないから、語彙蓄積のスピードが速くなる。 だから、少なくとも認識語彙に関しては、ネイティヴ・スピーカーの数分の1のスピードで英語の語彙を蓄積できる。 

私たちは、学校内外の教育システムを通じて「日本語で5万語ぐらいの語彙とそれに対応する概念」を習得済みであり、英語で概念を再学習する必要はない。その分、英語の語彙獲得が加速されるわけです。

このプロセスは、たとえば http://www.thelinguist.blogs.com/ の ― Bi-lingual books and bi-lingual dictionaries
When learning a language I only use bi-lingual dictionaries if at all. I try to avoid using dictionaries. I prefer to find texts with glossaries into English or a language I know. Now I am able to use online dictionaries and file the meaning into a personal database and do many wonderful things. However, when I use a dictionary it is always a bi-lingual dictionary. I want to see the meaning in English, or a language that I know well. This creates an immediate link to what I already know. It is only a hint at the meaning of this word. I will need to see the new word many times before I know it. But I need the bi-lingual dictionary. ― という主張からもよく理解できます。 

日本人の場合、This creates an immediate link to what I already know. は英和辞典の利点を示しています。

日本人が英英辞典を利用する効用も大きいのですが、「既知概念の英語化のスピードをもっぱら重視するなら、英和辞典( or 場合によっては和英辞典) の活用が簡便な方法になります。

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母語の語彙蓄積と英語の語彙蓄積(1)

日本人の日本語を観るとき、小学校後半から高校にかけて、特に中高6年間に、受ける教育が巨大な語彙格差を生みます。 

その結果、日本語の語彙数が2万語にも満たない人たち ( = 教育システムからはみ出した人たち ) も出現します。 このような事情は英語圏でも同じで社会問題になっています。

そんな人たちが、学校を出た後で、大人の標準的な語彙数である5万語前後に到達することもほとんど不可能です。

なぜ、不可能なのか?

現代国語・古文・数学・理科・社会・芸術など各科目の教育で習得する語彙を、教育システムから落伍して独学で習得することは、特別な場合を除いて、ほぼあり得ないからです。

5万語の語彙がひとりでに身についたと勘違いしている人も多い。 しかし、決してそうではない。 なかば無理やりあるいは指導を受けてまたは何かに触発されて覚える語彙のほうが自然に習得する語彙よりはるかに多い。 教育 ( 教室・図書館・読書・PC・校友・先生・親など ) はそんな語彙獲得の機会を豊富に提供する。 教育システムは近代人の語彙形成に決定的な役割を果たしている。 

20世紀SF界の巨人 I. Asimov は自伝『 A memoir 』で ― I received the fundamentals of my education in school, but that was not enough. My real education, the super structure, the details, the true architecture, I got out of the public library. For an impoverished child whose family could not afford to buy books, the library was the open door to winder and achievement, and I can never be sufficiently grateful that I had the wit to charge through that door and make the most of it. Now, when I read constantly about the way in which library funds are being cut and cut, I can only think that the door is closing and that American society has found one more way to destroy itself. ― と書いている。

学校と地域の教育システムが、希代のSF作家の揺籃期を演出し、あのすばらしい作品群を支える語彙の蓄積に大きく貢献したと言える。

Asimov のように非凡ではない普通の人でも、大人の語彙( 5万語 )さえあれば、あとは独自に語彙を増やしていくことも可能になる。 5万語を元手に、さらに高度な学習の機会を求めて特定の専門分野を究める道も開ける。 

これは2万語の語彙しかない人には不可能なこと。 したがって、語彙格差は大人になってからでもますます拡大する。

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パックンの日本語学習法・他

NHK の 「英語でしゃべらないと」 などにも出演している パックン こと パトリック・ハーラン さんの外国語 (日本語 ) 学習法は明快です。

以下は、パックン流 (=あたりまえの) 日本語学習法です。

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まず、文法を覚える。 次に、語彙を覚える。 そして、いろいろな表現を工夫して使ってみる。

文法をやる理由は応用力をつけるため。 文法を無視しても、簡単な表現を丸覚えすれば当座の役には立つ。 しかし、まったく応用がきかない。 文法習得は、時間はかかるが、あとでいくらでも応用がきくから結局得策である。 

学校では英会話を教えるのではなく文法を教えたほうがいい。 日本の従来の英語教育はまちがっていない。 あとはやる気。

文法=ルールをマスターしたら、語彙リストを携帯して覚えるしかない! 母語の英語の未知語彙も同じようにして覚えるようにしている。 知識は財産だ。

本を読むことは、表現力を増すためにも欠かせない。 

発音も当然必須。

( 『英語!達人が教える”とっておきの上達法”』 より )

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煎じ詰めたら、音声と文法・構文と語彙 ! これは、日本語学習でも英語学習でもまったく同じ。

そして、最大の難関が語彙

しかし、英語の語彙を学ぶ私たちには ― 日本語の語彙を学ぶパックンには利用できない ― 「学習 (英英) 辞典」 という強力なツールがある。 とにかく、これを覚えたらいい。 どの語彙を覚えるべきかなどという迷いはいっさい必要ない。 学習辞書にある語彙は全部覚えたらいいのです。 たとえば、「上級学習英英辞典」 の語は 「教養ある大人のネイティヴ・スピーカー」 のレヴェルですが、俗に言う 「マニアックな語彙」 は皆無。 

学習辞典を見ていて 「こんな語彙が必要なの?!」 という ( 客観的に見れば理不尽な ) 疑問が消せないなら、自分の語彙レヴェルに合うように、自己責任で、 「自分が不要だと思う語彙」 を無視すればよい。 

それでも、大学受験や英語の資格試験程度ならいざ知らず、 せっかく本格的な語彙強化に乗り出すのであれば、中級学習辞典である 『 Longman Dictionary of American English 』 レヴェルの語彙は全部覚えたい。 

それで5~10~15年かかっても、充分価値のあるコストでしょう、ほんとうに英語を習得したい人にとっては。


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