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コメントにお答えする(6/2008)

koji さんへ。

はじめまして。 塔主の k.y. です。

今回は正直なコメントをいただきありがとうございました。

早速ですが私も正直に回答させていただきます。 

> 最近辞書を用いた学習について疑問をもちはじめました。

私は「塔」で画期的な成果をあげることができました。 そのことはもう何度も述べてきた通りなので繰り返しません。 

> たとえ辞書を全て覚えたとしても一日三十分の復習を要するのなら、わからない言葉が出たときにその都度辞書を引いた方がいいのではないかという気がしてきました。

私も koji さんが考えておられるようなことは、おそらくすべて、それこそ真剣に試行して、最終的にたどりついた方法が「塔」でした。 

そしてその「塔」 はまさにブレイク・スルーでした。

しかし、再三述べていますように「塔」が唯一で最高の方法だとは決して考えていません。 

もっとすぐれた方法があれば、いまのところ他に実証済みの方法は私はまったく知らないので、ぜひ教えていただきたいのです。

koji さんも自分のやり方を貫徹して「塔」に匹敵する成果が実証されたら、ぜひ、私やみなさんに紹介してください!

まずやってみることだと思います。 

> 既知の語彙が少なくても三十分辞書を引けば、かなりしっかりと本が読めると思います。

どうぞ実行してください! ご自身で確認してください。 それで5万語超の質・量ともに「塔」並みの語彙力がつくなら、「塔」よりダントツにすぐれた方法でしょう。 私に限れば、そんなこともすべて試しましたがだめでした

> それにネイティブなら義務教育を受けて間もない8才からハリーポッターが読めるということは自然に覚える語彙が13000位しかないということと考え合わせると、逆にスラスラ読めることと既知語彙の多さとの因果関係がないことを証明しているような気がします。

ハリー・ポッターをすらすら読める子供の語彙数は1万3000語どころではなく2~3万語に達しています。 6歳で既にハリー・ポッターを読める子もいます。 日本語でも同じで語彙が豊かな日本の小学生は想像以上の読書力を備えています。 

> 疑問がどうしても晴れないので失礼かとも思いましたがこの点、どうお考えになるのか知りたく思い投稿しました。

すべて、自分で実行してみてはじめて分かり納得できるのだと思います。 人のやり方に疑問を感じたら今度は自分のアイデアを実行に移せばいいだけです。 私もそうでした。 いろいろなやり方を徹底して調べ試行し苦吟しながら「塔」という結論を得たわけです。

ご健闘をお祈りしています!

Thank you.
 

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Comments

こんにちは。
私は現在大学2年生です。
私が初めてアンチ・バベル方式に出会ったのは丁度1年前です。こちらのブログを参照に、最初は出来るだけk.y.さんが実証した方法論で、そして漸次的に「自分に合ったやり方」を取り入れるようにしていきました。
結論を言いますと、アンチ・バベル方式は自分には向きませんでした。
自分なりに分析してみると:
1.和訳なら1語で語彙を理解できる語を、英英辞書の説明ではいまいち掴みにくかった。
2.毎日繰り返す復習において、和訳の場合瞬間的に視覚で読み取れるのに比べ、英訳の場合「読む」ことをしなければならず、手間がかかった。
3.複数語がひとまとまりにカードに記録されているため、シャッフルしても完全に語順が変わらない。
4.(自分の場合)パソコンでカードを作成するため、手間がかかる。
5.辞書の定義に複数語義があり、覚えきれない。

これ以外にもあると思いますが、とりあえず以上が思いつく原因です。

そして、現在完全に「自分のやり方」として定着/習慣化した方法があります。

それは、「単語カードに1語ずつ和訳のみを書く」やり方です。
2ヶ月間で、GRE用の単語帳を暗記し終えました。現在は、大学の学科の勉強が忙しく、単語の暗記は休止中(復習のみ)ですが、大学受験をする予定なので、近いうちに4万5レベルの辞書にでもチャレンジしようと思います。

今日ここにコメントさせていただいたのは、このブログと、何度か質問に親切に答えてくださったk.y.さんにお礼を言いたかったからです。
結果的にアンチバベル方式をやめることになりましたが、それは数ヶ月間アンチバベル方式で自分なりに試行錯誤した結果です。その試行錯誤の過程で、自分に最適の方法論にたどり着くことが出来たのです。
今回の記事にもあるのと同様、k.y.さんは「個々に最適の方法論がある」ということを、1年前僕にも言ってくださいました。
ですから僕も、決してアンチバベルを妄信するのではなく、あくまでも種々の方法のうちの一つであることを了解した上で、実践に移すことが出来ました。
英語学習におけるレベルアップの契機を与えてくださり、本当に有り難うございます!

これからもブログの更新、楽しみにしています。

Posted by: gento | April 29, 2008 at 02:24 AM

k.y.さんこんにちは。私の不躾な質問にも丁寧に答えて下さりありがとうございます。
k.y.さんの成果には感服しております。
疑問に思ったきっかけは、k.y.さんがよく言及されている小学生用の辞書を読んだときでした。日本語で書かれていて確かに知らない語はほとんどありませんでしたが、辞書に書かれているほど詳しくは知らなかったり、辞書とは別の意味で使っている語が結構あったからです。
ということは、英語の場合でも、学習用の辞書がネイティブの感覚からずれていることは大いに考えられるとそのとき思いました。
また、英語は逆から学べという本を読んで、状況に応じた言葉の習得が大事なのではないかという気がしてきています。
ただ、そうだとしても、日本にいる限りそのような機会を得ることは難しいので、辞書による学習を併用するのも仕方ないのかなとも思っています。第2外国語として学ぶ上において必要な網羅性が確保されているのは現時点では中級学習用辞書しかないとも思います。
単に読むだけでも年単位の時間がかかってしまうのが厳しいですが、もっといい方法を誰か発見して実証してくれるまでは辞書読みを続けていこうと思います。
なお、アンチ・バベル方式のカードを作るのはgentoさんとほぼ同じ理由によって断念しました。私も自分なりの工夫をしながら、英語を身に着けようと思ってます。
私もk.y.さんのブログの更新を楽しみにしております。

Posted by: koji | May 01, 2008 at 11:50 AM

gento さんへ。

具体的なコメントをいただきおもしろく拝見しました。

他の皆さんにもおおいに参考になるご指摘だと思いました。

私は「塔主」として次のように感じました。(経験に基づく)独断と偏見に過ぎませんのでその旨了解の上読んでいただければ幸いです。

> 私は現在大学2年生です。

これからですね!

> ・・・「自分に合ったやり方」を取り入れるようにしていきました。

これこそ学習法探索の王道でしょう。人間は各人がそれぞれにユニークな存在です。独自の学習法をできるだけ早く創りあげて実行するのが肝心なことです。

> ・・・アンチ・バベル方式は自分には向きませんでした。

「塔」は塔主にとっては最高の方法ですが他の人たちにとってどうなのかは分かりません。あくまでも「ひとつの実証済みの方法」として観察の対象になればと思っています。

> 1.和訳なら1語で語彙を理解できる語を、英英辞書の説明ではいまいち掴みにくかった。

和訳を語彙理解のひとつのキーとして利用すべきことはもはや常識でしょう。他方、学習英英辞典の説明はコーパス上最も妥当な意味を原語で記述したものですから和訳よりは実際の意味に近いと言えます。ただ、和訳を見て英英の意味も想起できれば何も問題はありません。私は両方を大事にしています。

> 2.毎日繰り返す復習において、和訳の場合瞬間的に視覚で読み取れるのに比べ、英訳の場合「読む」ことをしなければならず、手間がかかった。

私はこの「手間」を時間の浪費とは決して捉えていません。英語の語彙を英語で理解・暗記できたら和訳が不要になることもあります。

さらに、「学習(英英)辞書」の暗記は、それ自体が目的ではもちろんなくて、英語でものを読む際に必要な語彙力をつけるための作業です。そして、英英(辞書)であれば英語を読んでいることにもなるという利点もあります。

英語でものを読むのは情報を得たり学問をしたり物語を楽しんだりするためにすることであって、それで語彙を満足に増やせるわけではないことは何度もこのブログで主張してきたことです。英語での読書は ― 精読の場合を除いて ― 各自の語彙力の許す範囲のものをできるだけ辞書を引かずに行う。そして、どんなレヴェルの読書であれ、何語で読んでいるのか意識しなくなればほんとうの読書です。

復習の効率だけに的を絞るならキーの和訳だけで済ませ、英英の説明部分はイメージが浮かぶ程度でもかまわないと思います。

私は、復習に濃淡をつけています。 和訳・英英のいずれでもないイメージだけで行う場合(最速の復習になる)、和訳のキーだけで済ませる場合、和訳も英英も併用する場合、英英だけの場合、時間をとってていねいに英英の説明も読み直す場合などです。そんな濃淡をつけることが復習の単調さを消す効果もあります。

> 3.複数語がひとまとまりにカードに記録されているため、シャッフルしても完全に語順が変わらない。

「塔」の場合これは何の障害にもなりません。むしろ各語彙に定位置が与えられていることによって記憶の定着が促されます。「雑多なものが並んでいる街並み」のような感じです。「あの角にはあれがある」という覚え方です。シャフルする必要がないのです。

そんな街並みに各自定位置を占める語彙も英語でものを読むときは各自の役割に応じてあちこちに出現します。そのときは「学習(英英)辞典」で記述されたズバリの姿であるいは多少ときにはかなり趣きを変えて現れます。いずれにしても「あの語彙だ」という感覚が失われることはありません。その活躍の広さを実感してそれがまたおもしろいのです。

> 4.(自分の場合)パソコンでカードを作成するため、手間がかかる。

私はカード作成を時間の無駄だとは考えません。作成されたカードは利用・応用価値のたいへん高い貴重な宝だと思っていますし実際その通りです。

> 5.辞書の定義に複数語義があり、覚えきれない。

複数語義をすべて覚えることも「塔」の重要な意義のひとつです。

「学習辞典」に覚えなくてもよいことなどまったくないというのが「塔」の立場であり、広範囲にわたる話題を英語で読んだり聞いたりすればするほどそのことを実感するようになります。

ただし、何度も述べてきましたように、各自の責任・判断で「語彙」や「多義語彙の意味」を取捨選択することは、いうまでもなく、自由です。実際、比較的狭い範囲のものだけあるいは各自の専門事項に限って読んだり聞いたりする人たちの場合は、各自に語彙や語義を取捨選択してもほとんど支障はないでしょう。たとえば自分が知悉している分野の専門書を読むこと自体は実に容易なことです。

> これ以外にもあると思いますが、とりあえず以上が思いつく原因です。

よく分かりましたよ。

> ・・・現在完全に「自分のやり方」として定着/習慣化した方法があります。それは、「単語カードに1語ずつ和訳のみを書く」やり方です。

これは大学受験や各種の資格試験レヴェルの語彙強化にはかなりの程度有効な方法です。

また、それだけでほぼ満足な英語人生を送る人たちも少なくありません。先にも書きましたが、「比較的狭い範囲のものだけあるいは各自の専門事項に限って読んだり聞いたりする人たちなど」はそんな人たちです。それはそれで他の人がとやかく言うことではありません。

> 2ヶ月間で、GRE用の単語帳を暗記し終えました。

これは「1語彙・1和訳方式」がうまく機能する典型的な場合です。インフォーマルなチャンク表現など一切覚える必要はないし、手ごわい多義語に遭遇することもほぼないし、覚えなければならない語彙数自体も少ないからです。

> ・・・近いうちに4万5レベルの辞書にでもチャレンジしようと思います。

そのときはまた新たな学習法が必要になるはずです。いろいろな工夫を楽しんでください。今は想像もできない局面に直面しますよ。手間に関する考え方も1変するかもしれません。。

> ・・・決してアンチバベルを妄信するのではなく、あくまでも種々の方法のうちの一つ・・・

当然のことですよ gento さん。私にとっても、妄信されることなどとんでもないことです。

それではまた。

Thank you.

Posted by: k.y. | May 03, 2008 at 10:07 AM

koji さんへ。

こんにちは。今日2008年5月3日はどんどん気温が上昇して一気に夏着になりました。

周囲の若葉がまぶしいほどに鮮やかで、そよ風をわたるウグイスの声が軽やかです。

小学生用の辞書の件ですが、koji さんも辞書を記述した人たちも日本語のネイティヴ・スピーカーです。 

私は「辞書に書かれているほど詳しくは知らなかったり、辞書とは別の意味で使っている語」がある場合はなるほどと思って勉強するようにしています。

辞書を記述するような人たちは日本語にくわしい人たちですから師匠だと心得ています。

ただ、日本語の国語辞典はいずれもコーパスに基づいたものではないのでコーパスを駆使した「学習(英英)辞典」に比較したら記述する人たちの主観が入る余地は大きい可能性はあるでしょう。しかし、だからと言って、信頼できないとはまったく思いません。

> ・・・英語の場合でも、学習用の辞書がネイティブの感覚からずれていることは大いに考えられるとそのとき思いました。

「学習辞典」が完全なものだと考えたことは、もちろん、一度もありませんが、学習者にとって「相対的に最も信頼するに足る語彙集」であることは否定できません。

また、「学習英英辞典」は高度に発達したコーパスに依拠しネイティヴ・スピーカーの専門家集団が編纂・記述した辞典です。従って、「ネイティブの感覚からずれていることは大いに考えられる」という koji さんのご意見には同意しかねます。なお「学習英和辞典」もそんな「学習英英辞典」に準ずる語彙集だと考えていますし、両方利用するのが賢明でしょう。

> ・・・英語は逆から学べという本を読んで、状況に応じた言葉の習得が大事なのではないかという気がしてきています。

「塔主」の「経験に基づく独断と偏見」によれば、『英語は逆から学べ(フォレスト出版)』は ― 参考になる点もありますが ― ひとつの余興でしょう。あれで英語が習得できるはずもないし習得した人もいません。

他方、「私」は『英語は逆から学べ』の逆のやり方で、つまり学校英語の延長で、たとえば英語の本を英語だと意識しないで読めるようになりました。英語で書かれた物語を読んだあとに残るのは英語でもなんでもなく物語そのものです。日本語で読む場合と同じです。

日本語であろうと英語であろうと言語の違いを超えて他の人たちと交流することもできます。

どんな方法であれ曖昧模糊として雲をつかむようなまったく具体的な手順や必要時間数の提示がない学習法は、「私」にとっては、すべて余興です。

ただし、「私」は、余興だとは思わない koji さんの判断の正否を決める能力もないしそんなことをすべき立場でもないことは重々承知しています。すべて、独断と偏見に過ぎません。

> 辞書による学習を併用するのも仕方ないのかなとも思っています。

そんなことはだれにも分からないでしょう。

> もっといい方法を誰か発見して実証してくれるまでは・・・

私だったら他律ではなく自律を志向しますよ。

それではまた。

Happy learning !

Thank you.

Posted by: k.y. | May 03, 2008 at 10:07 PM

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