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ちょっとひとこと(2)

暗記・復習の重要性

岩村圭南氏の近著 『英語をめぐる冒険』 に 「ちょっと見暗記法」 という1節があります。

そこで岩村氏は、(引用開始) ― 「・・・暗記はだめだ」という言葉を時折耳にする・・・なぜ「暗記」を否定するのか疑問に思っていた・・・「暗記だけではだめだ」の「だけで」がどこかにいってしまい、「暗記はだめだ」になったのでしょうか・・・考える力を養う大切さを強調するあまり、安易に「暗記はだめだ、無意味だ」と否定するのには賛成できません・・・しかし、ただ暗記するだけでは不十分です・・・大切なのは暗記した後、忘れないようにするためにどうすべきか・・・「暗記・忘れないための努力」。これがワンセットになれば、間違いなく役に立ちます・・・(省略・太字はk.y.) ― (引用袖終止) と述べている。

「暗記・復習」の重要性は熱心に勉強している人ほど痛感していること。 

英語でものを読みながらあるいは人の話を聞きながら瞬時にその内容を ― 日本語の場合と同様に ― 理解していくためには5万語超の語彙暗記が必要です (これはあくまでも私の私見にすぎず、皆さんに共感を訴えるつもりなどまったくありません)。

そして大事なことは 「暗記・忘れないための努力のワンセット」。

「塔」 はそのワンセットを痛烈に意識したひとつのモデルです。

「塔」 の場合、「忘れないための努力」 とは永久に続ける 「カードの復習」 です。

圭南氏の場合は、 (引用開始) ― ・・・「ちょっと見」・・・例文ノートを持ち歩いて、時間があればページをめくってちょっと見る。また、少しして、ちょっと見る。これを1日のなかで何度も繰り返した・・・空いている時間は思っている以上に多い・・・要は「心がけ」・・・(省略・太字はk.y.) ― (引用袖終止)

実行している人は分かるはず。 「暗記・忘れないための努力のワンセット」 の威力は絶大です。

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ちょっとひとこと(1)

成人レヴェルの語彙獲得には膨大な時間が必要

私たちの日本語がほぼ完成するあるいは固定化するのは20歳を越してからでしょう。 高校生の日本語はまだまだです。

語彙の質・量に関してもだいたい完成あるいは固定の域に達するのは ― 自分の子供たちやその他の若い人たちと接してきた経験からしても ― 20歳を越してからだという実感があります。

20歳を越した日本人の日本語の語彙数はおよそ5万語前後になることはもう何度も述べてきたことです。

20歳を越すということは、日本語に触れる時間が毎日8時間~10時間だとすると、5万8400~7万3000時間を費やしてはじめて5万語前後の語彙を獲得できるということです。

もちろん、その5万語前後で知らない語彙がなくなるわけではない。 時には「広辞苑」などを使うこともある。 

さらに、その5万語前後で各人の語彙の充実がとまってしまうわけではない。 熱心にものを読んだりする人なら年に1000語前後の語彙が生涯にわたって増えていく。

しかし、ちゃんと認識しておかなくてはならないことは、「広辞苑」などを利用できることまた生涯にわたって語彙を増やせることの背景にその5万語前後の語彙があるという事実だ。

読書などをすれば自然に語彙が増えていく」 と主張する人はまことに多い。 しかし、その背景に5万語前後の語彙があることをしっかり認識している人はまことに少ない。 

そして、その5万語前後の語彙を獲得するのに5万8400~7万3000時間もの時間が必要なことをしっかり認識している人はさらに少ない。

さて、英語の語彙獲得の話。

母語の日本語の語彙でさえ5万8400~7万3000時間。 

日本語とはまったく異質な言語である英語の成人語彙獲得に、膨大な時間がかかることは、もはや自明の理。 

認識語彙だけに限っても、数十時間や数百時間で何とかなるなどと思うのはこっけいな話。 個人差が大きいとはいえ、数千~1万~2万時間かかって何の不思議もない。 

幼児の語彙で満足するならそんなにかからない。 

しかし、大人の語彙を獲得したいなら、人によって2~5~10~20年かかってもそれは効率が悪いからではありません。 どうしても必要な時間数なのです。

「塔」 があまりにも非効率的にみえるとしたら、それは、成人レヴェルの語彙獲得には膨大な時間が必要であるというどうしようもない(曲芸は一助に過ぎない)事実を無視していることになります。 

「塔」 は、その事実を何度も何度も無視して効率を追求し逆に時間を浪費してしまった男の所産なのです。

他方、その事実をしっかり見据えてなお例えば幼児レヴェルの語彙に(やむを得ずあるいは自分の価値判断に基づいて)甘んじるとすれば、それはまことに合理的な判断でしょう。 

以上、あくまでも私の私見にすぎず、皆さんに共感を訴えるつもりなどまったくありません。

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