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コメントにお答えする(4/2010)

田地 悠平 さんへ。

はじめまして。

いつも「塔」に関心を寄せていただき、またコメントまで書いてくださって、ありがとうございます。

> 実際は「てんねんおまえ」しか音がなっていないとしても理解できます。(実際にそういうことのほうが多い)

そうなんですよ。実は、いちいち音を聴きとって理解しているのではなくて、まとまった意味を持つ音声のチャンクが脳内に蓄積されていて、そのチャンクの1部あるいは大部が欠損していても、意味はたいがい分かるわけです。

ウサギの絵の大部分が欠けていても特徴的な部分だけが残っていれば迷わずウサギだと了解できるのに似ています ― 反面、錯覚でウサギだと勘違いすることもままありますが、そんな勘違いはことばの聴き取りにもあります。

また、やや極端ですが、ひとこと聴いただけで「ああ、あのことか」とわかってしまう話さえあります。こんな話もひとつのチャンクだといえるでしょう。

> なのでディクテーションって構文が解ってないと無理だなあと思っていました。実際には音がなってないですものね。

構文あるいは構文プラスα=チャンク。 もちろん音声の形をとっている語彙も聴解すべきチャンクの構成要素です。

> 話者も聴者も音がなっていると思ってますよね。

そうです。その意識さえありませんが。

> 「非才」買ってみます。

私にはたいへん参考になりました。 田地さんにとってもきっとおもしろい本になるはずです。

さて、才能のこと。 1例として野球の場合、環境・努力・費やす時間などが同等であっても、だれもがイチロウのレヴェルに達するわけではない。 だから、やっぱり生来の才能はあるのかもしれません。

しかし、たとえば英語の読書が日本語の読書並みに向上しても、それは、野球でいえば、草野球ができるレヴェルに達したに過ぎない。 その程度に達することは、だれにもできることで、必要なのは1万時間内外の ― そんな時間が都合できないひとが多数おられることも事実ですが ― 努力だけです。

そして、英語の読解力の養成については、その訓練法が確立されていて、ネイティヴ・スピーカー並の読書力をつけることは充分可能です。

ところが、英語のリスニング力に関しては、確立された養成法はありません。 まずもって ― 先ほどからの話に直接関連することですが ― ネイティヴ・スピーカーのチャンク聴解がどのようになっているのかという聴解文法(k.y.の造語)の分析・研究が行われていません。もし、行われているとしても、一般の英語学習者の聴解力養成にはまったく生かされていません。 

「それぞれの音声表現を単語をはじめとして100%聞き取れること」を究極の目的にした養成法ばかりで、「てんねんおまえ」のような音声チャンクの分析や対処法を体系的に解き明かしたものは皆無です。

その結果、ネイティヴ・スピーカーの聴解の実態とはかなり違ったものを指向してしまっている。

ネイティヴ・スピーカーが聴き取れないものまで聞き取ろうとしていることさえあります。

聴解文法が読解文法のように確立されたものになれば、リスニング・コンプリヘンション向上に要する時間は今よりうんと短くなり、到達レヴェルもはるかに高いものになると思います。

ただし、これはにわかにはありそうもないことで、当分は各自の工夫に拠るしかありませんね。

> アンチバベルの塔はA6のノートに書いています。今10冊になりました。

貴重なノートですね!!

> これからもご活躍楽しみにしています。

ありがとうございます。

今後ともどうぞよろしくおねがいいたします。

Thank you.

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学習辞書に「特殊な専門・業界用語や難語」(=「日常の生活や読書に不必要な語彙」)はない!

初級学習(英英)辞書や中級学習(英英)辞書はもちろんのこと上級学習(英英)辞書であっても、特殊な専門・業界用語とか難語とかはない!

学習辞書の暗記はあくまでも常識語彙の暗記であって、専門・業界用語などは別途に習得する必要がある。

難語も、興味がある人は、別に学習しなければならない。 学習辞典には掲載されていない。

ただし、学習辞書であっても、たとえば英語系の辞書であればアメリカ人にとってなじみのない語彙があるし、米語系の辞書であれば英国人にとってなじみのない語彙もある。

私たちは日本人だから、英語系か米語系かどちらか好みの学習辞書を選べばいいし、その両方をターゲット辞書にしても楽しいし便利である。

また、いずれの学習辞書であっても、支障が出るほどの語彙のかたよりはまったくないし、英語系の学習辞書であっても米語系の語彙も掲載している。 その逆もしかり。 米英以外の地域の英語の語彙にも必要充分な配慮がなされている。 

問題は、いまだに、「成人のネイティヴ・スピーカー用の英英辞書暗記(これは「広辞苑」の暗記と同様で不可能で不必要)」と「非ネイティヴ・スピーカー用の学習(英英)辞書暗記」を混同して、難語まで覚える必要はないとか、一生お目にかからないような語彙を覚えても効率が悪いだけだとか、思い込んでいる人がかなり多いことである。

何度でも言いますが、学習(英英)辞書は、無数の語彙の中から必要充分な常識語彙だけを、統計的手法を駆使して、抽出し編集したものである。

そんな学習辞書に特殊な専門・業界用語や難語はない!

もっとも、あなたの目で見て、学習(英英)辞書の語彙にも、不要な 「専門・業界用語や難語その他」 があると思う場合は、あなたの責任において、そんな語彙をどんどん無視すべきなのは当然のことである。 

そして、そんなあなたにとっても、学習(英英)辞書は、最もたよりにできる常識語彙集であることは確かである。

だれにとっても、英語の「必要にして充分な常識語彙普通の英語の読書を日本語の読書と同様に楽しめる語彙」を覚えたい場合、学習(英英)辞書をターゲットにするのが最も効率がいい

それなのに、学習(英英)辞書暗記が非効率だと誤解している人が多いのは、時間がかかるからである。

しかし、いくら効率がよくても時間がかかるのは当然でしょう。

英語で生活し英語で教育を受けているネイティヴ・スピーカーでさえ、上級学習英英辞書レヴェルの 「普通の生活・読書語彙」 を習得するのは20歳を過ぎてからなのだから。

市販の語彙帳のほうが効率がはるかによいなどと思うとしたら、それは、市販の語彙集のレヴェルが学習(英英)辞書のレヴェルに比べてはるかに低いからに他ならない。

また、いわゆる英語の多読(ネイティヴ・スピーカーの多読とは比較にならない少読)を続けたら語彙は自然に充分なレヴェルまで達するなどと思うとしたら、それはとてつもなく非効率なやり方で錯覚にすぎない。 たとえば、いわゆる多読を2~20年続けるのと、「塔」を2~20年維持・管理するのを比較したら、語彙強化の効果には雲泥の差が生じる。 1年間でも実験してみたらよく分かる。 

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リスニング・コンプリヘンションの本質

前回の記事に、英語の上達法: それは、『非才 マシュー・サイド著・山形浩生・盛岡桜訳』¥1900 に全部書いてあると書きましたが、英語(外国語)のリスニング・コンプリヘンションに関しても、非常に示唆に富む言及があります。

たとえば、NTTコミュニケーション科学基礎研究所の柏野牧夫氏の実験(http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0295680/top.html) によると ― まとまった意味を持つ発言の一部をホワイトノイズに置き換えても、脳がその空白を埋めて完全な発言として聞こえる。そして、録音した文章を50ミリ秒ずつの断片に刻んで、さかさまに再生しても完全に理解できる ― そうです。

「長年の経験から得られた言葉の知識が、知覚情報を理解できるかたちに修復させてくれるのだ (『非才』) より引用 」ということです。

人のしゃべっていることは、多少聞こえなかったり、かなり聞こえにくかったり、雑音が混ざったりしても、支障なく理解できる。 これは、私たちが日本語で頻繁に経験していることです。

柏野牧夫氏によれば 「耳のよさ」と言われるもののかなりの部分は,イリュージョンを生成する能力に依拠している.イリュージョンは,知覚を生み出すための脳の巧妙な戦略の表れとでも言うべきものである」 ということになる。

そんなことは多種多様な 「リスニング教材」 のどこにも書いていない。 音声は発言された音が全部そのままに聞こえるはずだという前提になっている。

― 母国語 ( マシュー・サイドの母国語=英語のこと → k.y.注 ) の会話に耳を傾けると、一語 ごとに ( ひとつの単語ごとにではなく、意味のチャンクごとに ということだろう → k.y.注 ) ごくわずかな無音部分で区切られているように聞こえる。だがその無音部分は、じっさいは存在しない。母国語の文法構造の知識が聴覚情報を修整させ、構造がととのった状態で聞こえるようにしているのだ・・・ここで重要なのは、知識はたんに知覚を理解するためには使われていないということだ。知識は知覚に組み込まれている。偉大なイギリス人哲学者ピーター・ストローソン卿は語っている。「知覚には概念が浸透しているのだ」 ― ( 『非才』)より引用 )

つまり、ことばの音声理解は、脳に組み込まれた構文その他に関する知識のコントロールなしにはありえないということになります。

そんな脳を作り上げるためには、膨大な音声経験が必要で、市販の音声教材を多少やった程度ではとうてい満足な聴解レヴェルには達しないでしょう。

ここでも、音声訓練の質・量が、決定的な役割を持つことは明らかです。

「目で見たら分かる文章」でもネイティヴ・スピーカーから聞いたら分からないとしたら、それは、音声を瞬時に適切処理するべく脳に蓄積・内蔵された知識の不足が原因で、音声理解(=聴覚による理解)の経験が充分でないからだということになります。

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